「いい?」
 と、は壁をばんばんと叩く。そして目の前――といえる距離でもないが――に座っている男に向けて指を1本立て、
「まず、この部屋から出ないこと。」
 指を2本に増やす。
「大声を出さないこと。」
 そして3本。
「私の命令には従うこと。」
 3つの項目を言い終わり、手を降ろす。
 の目の前の男、ガイは黙ってその話を聞いていた。
「とりあえずこの3つが、ルールです。」
 判った?とがガイに訊くと、ガイは返事と共にこくりと頷いた。
「ちなみにこのルールは私があなたの了承なく増やすことが出来るから、よろしく。」
 そう付け加えたにガイはおずおずと口を開く。
「……その…、少し訊きたいんだが、」
「どうぞ。」
 そんな彼には了承の意を示して手を振る。
「そのルールだと、俺の食事はどうなるんだ?」
「それは大丈夫。最低でも1日1回は私が持って来るから。」
 メニューは保証しないけどね、とは苦笑した。
「…なら、…少し言いにくいんだが――、」
 と、ガイは次の質問を言うのを少しためらい、の、早く言いなさいよ、という声で決意したように顔を上げる。
「俺の、その、……トイレ…とかは、どうなるんだ?」
 問題の単語だけが異常に小さかったが、はそれで十分に理解し、
「それも心配しないで。幸いこの部屋のある2階は家族もほとんど来ないから、誰も居ないときを見計らってこの階のトイレに行けばいい。」
 はガイが安堵するのを目で見た後、
「それからお風呂。悪いけど、これは毎日は入れないことを覚悟して。深夜に入ることを考えているけど、ちょっと毎晩となると怪しまれるかもしれないから。」
「う……。」
 ガイはその言葉に表情を強張らせたが、
「…そうだよな…。ただで置いてもらうんだ。それくらいは我慢しないとな。」
 大体野宿のときは身体なんて洗えなかったんだ、と表情の強張りを解いた。
「他に質問は?」
「あ、ああ…、とりあえず今はないよ。」
 頷いたガイには話題を切替え、
「それじゃ、ちょっと目、閉じてて。」
 突然ではあるが言った。
「?」
「着替え、するから。」
 朝から着っ放しになっていた自分の着ている寝間着を示してが言うと、ガイは途端に顔を赤くしてに背を向けた。
「…でででもこんな所で着替えなくても……っ、」
「だってここ私の部屋なんだもの。他にどこで着替えろって?」
 はボタンを外しながらガイの背中に訊く。
「確かにそうだけど……。」
 言って、ガイは頭を掻いた。
「…私だって男の前で、それも見知らぬ他人の前で着替えたくなんかないわよ。」
 の声の雰囲気ががらりと変わる。ガイはその変化に思わず後ろを振り返りそうになり、慌てて自分を止めた。
「……。」
「……。」
 沈黙、後、
「……はい、着替え終わった。」
 普段着に着替えたはガイに着替え終わったことを告げ、もう振り返ってもいいと言った。
「…あの、」
 振り返ったガイが声を発する。
「なに?」
 の声は既に元の状態に戻っている。
「…俺なんかが転がり込んで…よかったのか?」
 そう訊くガイの表情はとにかく申し訳なさそうで、はそんな彼を一瞥し、
「よくないわよ。」
 さらりと答えた。
「…でも、あなた、他に行くとこないんでしょ?」
「……。」
 ガイは答えない。
「だから私が、私の意思で、あなたをこの部屋に住ませるの。」
「……。」
 は尚も無言のガイに近付き、顔を覗き込む。ガイはわっ、と声をあげて離れようとしたが、それは「しようとした」だけで終わった。震えながらもの真剣な様子に離れられない。
「私にはあなたを追い出すという選択肢もあった。でもそれをしなかった。別にあなたに強制されているわけじゃない。」
 の口が言葉を紡ぐ。
「あなたのせいで迷惑をかけられることもある。でもそれを承知であなたをここに置くことにしたのは私。」
 ここでやっとはガイから離れ、ガイの目を見て、
「だからあなたが気にすることはなにひとつない。――判った?」
 問うた。
 ガイは震えの残る身体を抑え、
「…――すまない。」
「…だから気にすることはないっての。」
 少し言葉の乱暴になったに頭をはたかれた。そのことにまた小さく悲鳴をあげることになる。
「言う言葉は『ごめん』じゃなくて、『ありがとう』、でしょ。」
 そう言うにガイは目を丸くして、それからふっと微笑む。
「―――ありがとう。」
「…どういたしまして。」