「それじゃあ学校に行って来るから…、」
 言いながらはガイをきっと睨み付け、
「ぜっっっっったいにこの部屋から出るんじゃないわよ。」
 念を押す。もう何度も何度も言って聞かせてきた言葉だったが、それでも心配だったのだ。
「わ、判ってるよ…。鍵はかけて、音は立てずにじっとしてる。」
 やはり何度も言った言葉をと同様にガイも言った。
「……どうしても暇だったらこれで遊んでなさい。」
 息をつき、は小さめの白い直方体をガイの前に置く。
 ガイが不思議そうにその白い物を手に取って見ると、
「ゲームボーイポケット。それはもう自由になにしてもいいから、パソコンには触らないでよ!プレイステーション2にも!」
 言いながらがパソコンとプレイステーション2を順番に指し示す。
「…わ、判ってる……。」
 ガイが今度は自信なさげに言う。ごくりと唾を飲み込んだ。
 そう、ガイは一度、の部屋のプレイステーション2を分解しそうになっているのだ。








**








「でも、この部屋……、俺の居た世界とはまた違った物がたくさんあるな…。」
 言いながらガイは部屋に置かれている物を見渡す。
「…、」
 なんにでも興味を持ちそうな様子のガイに、はふと自分の中に悪戯心が湧くのを感じた。
「……ねえ、」
「ん?」
「これ、なにに使うか、気にならない?」
 は部屋に置かれているパソコンのモニタをばんと叩く。
「え…、オブジェじゃないのかい?」
 ガイが目を丸くするのを見て、は掴みは成功だ、と心の中で小さく拳を握った。
「ふっふっふ、実は違うのね。」
 見てなさいよ、とは白い箱の裏側を見て、コンセントが刺さっていることを確認する。そしてまた表側に回ると、画面の下部にあるスイッチを指で押した。
 ――ブゥン。
 途端に真っ暗だった画面に光がつく。そしてしばらく待つと青色の画面が表示され、いくつかの小さな絵柄、アイコンが並ぶいわゆるデスクトップになる。
 そのアイコンのうちから適当なものを選んで手にした白いネズミ大のものをカチカチと鳴らすと、画面がそのアイコンの内容に変化した。
 がガイに振り向くと、目を見開いて固まっているガイが彼女の目に入った。口は半開き状態である。
「(…あなたが現れたときの私よりも驚いてるわね。)」
 はそう思い、ひとりで満足する。
「…えーっと、」
 そしてその半開きだった口が動き、
「……、」
 呆然と座り込んでいたガイは立ち上がった。そしてその目に光が戻る、どころか輝き出す。
「――すげぇ!」
 子供のように声を出すと――それでも気を遣っているのか一応抑えられてはいた――、ガイはが脇に立っているということにも構わずに白い箱に近付いた。そして輝く目で箱をじっと見る。
「すげーよこれ!どうなってるんだ!」
 ガラス張りの画面にそれをなぞるように手で触れ、先程が使った白いネズミ大のもの、マウスに手を伸ばしてそれを動かす。
「この白いのを動かすと…、この箱の中の矢印が連動するんだな!」
 無茶苦茶にマウスを動かし、箱の中の矢印、ポインタをさも楽しそうに動かすガイ。
「なあさっきは箱の中を変えてただろ?あれはどうやるんだ?」
 常人には理解し難い質問だったが、は直感的に理解し、
「それは…、ちょっといい?」
 少し考え、やってみせる方が早いとマウスに手を伸ばす。ガイがそれから手を離し、直後にの手がマウスに乗った。
「…丁度インターネットか。」
 口の中で呟き、ポインタを青い文字の上に持っていく。ポインタが矢印から人間の手が人差し指を立てているマークになり、がマウスをカチ、と鳴らすと、一瞬の間の後リンク先に飛んだ、つまり、画面が変わった。
「…こうして、そういう効果がある場所…、インターネットならリンクの上でマウスをクリックすると、それに応じて画面が変わるわ。」
 が説明したがガイには理解出来ず、彼を混乱させるだけだった。
「…あー……、………今度パソコンについての本見せてあげる。」
 全く理解出来ていない様子のガイを見て、はそう言った。特にパソコンに詳しいわけでもない自分が下手に説明しても無駄だと理解したからだった。
「そんなのがあるのか?」
 ガイの問いには頷き、
「パソコンを使う仕事はすごく多いから、そういう本を買う人も多いのよ。確か家にもあったはず。」
「へぇー……、これ、パソコンっていうのか…。」
 ガイは画面の光る白い箱をしげしげと見つめた。
「他にもあるわよ。」








 にとっては彼の反応が非常に面白く、その後プレイステーション2をも見せてしまったことで、ガイの「音機関好き」に火がついてしまったのだ。
 どんどんテンションの高ぶっていくガイにのテンションもどんどん高ぶり、分解させてくれ!との言葉につい頷き、ドライバー等を渡してしまったのが原因だ。ガイが受け取ったドライバーを手に、おぼつかない手つきではあるもののプレイステーション2を分解しようとし始めたとき、のテンションが一気に冷めた。
 そしてそこから先は当然のように、テンションの高ぶりのせいか女性恐怖症とやらを克服しているガイを止め、テンションの冷めたガイが戻ってきた女性恐怖症でに怯え出したとき、やっとは胸を撫で下ろすこととなる。








**








「…あのとき私があのままだったらって思うとぞっとするわ…。」
 つい前日のことを思い出し、は肩を震わせた。
「俺としてはがあのままだった方が嬉しいんだが――」
「駄目よだ、め!あれ分解されたら私の楽しみがひとつ減るわ。」
「あの黒い四角形がそんな楽しみなるなんて…、」
 今にもプレイステーション2に飛び付いてしまいそうなガイに、はもう一度それの分解はするなと念を押した。
「これあげたでしょ、これで我慢しなさい。」
 そして白い直方体、ゲームボーイポケットを示して言う。
「これも、古いけど多分あなたが気に入りそうなもの。パソコンプレステは駄目だけど、これなら古いから煮るなり焼くなりやり放題。」
 言いながらゲームボーイポケットを手に取り、電源を入れる。画面をガイに向けると彼は感嘆の声をあげた。
「これなら好き勝手していいのか?」
「お好きにどうぞ。」
「…あ、ありがとうっ!」
 そしてガイはゲームボーイポケットをから受け取り、それで遊び始めた。
「――そろそろ時間ね。」
 は時計を見る。
「それじゃ、ガイ、私は行って来るから。」
 返事はないが一応そう言うと、はドアを押して開け、部屋を出た。
 部屋にはひとり、ゲームボーイポケットに夢中のガイが残される。


>>本当に本当に好き、なの?