「はい。」
はガイの目の前に本をばさりと投げ出した。座り込んで自らが原形を止どめないほど分解したゲームボーイポケットをいじっていたガイは、を見上げる。
「約束の、パソコンについての本。親父に借りてきたわ。超初級の、パソコンのなんたるかから解説してる本ね。」
がそう説明したときには既にガイの「音機関好き」は発動しており、その説明はほとんどガイの耳には入っていなかった。
「……。」
予想していたことではあったがなんとなく割り切ることが出来ず、は溜め息をついて、子供のようにの持ってきた本に食いついているガイを見下ろした。
ばらばらと破れんばかりの勢いでページを捲るガイ。
「――……、」
そんなガイの動作は、突然止まった。は不思議そうな顔をしてガイと本を覗き込む。
「……、」
するとガイが震えながらの名前を呼んだ。
「…なに?」
「――、…字が、…読めない…。」
はすっかり忘れていたその事実に、どんな反応をすればいいのか判らずにただ目を見開いただけだった。
ガイは震えている割には動くことはせず、ただ肩を震わせながら座り込んでいるだけだった。
沈黙が、流れる。
やがて口を開いたのはだった。
「…えっと…、……ごめん。」
そこから出てきたのはただの謝罪で、特に事態を解決出来るものではなかった。
「…いや、」
ガイが本から目は離さずに言う。
「……が謝ることじゃないよ。読めない…俺が悪いんだ。」
せっかくが借りてきてくれたのに、と言うガイの表情は、からは見えない。
「……、」
はしばらく考え、
「……なら!」
声を出した。
「私が読む。」
「え?」
ガイはに振り返った。
「読めないあなたの代わりに、私が読む。…一緒に字を見ながらね。」
「…でも、」
と、ガイは言ってから、ここでようやくと距離をとった。
「…俺はに近寄れない。」
「近寄れてたじゃない。」
「あれは夢中になってたからで――」
「それで充分。あなたはパソコンについて勉強したくないの?」
遮り、は問うた。
しばらくは迷う様子を見せていたガイだったが、ついに口を開く。
「……したい。」
そしてその答えに、は微笑みを返した。
最初こそびくびくとしていたガイだったが、がパソコンのなんたるかについての項目を読み上げ出したとき、それは止まった。
ゆっくりと、今はどの部分を読んでいるのかを指し示しながら、は本の内容を読み上げていく。ガイはそれを黙って聞き、時折質問を挟み、それに対するの主観を聞いて頷いたり疑問をまた増やしたり解決出来なかった疑問に頭を捻ったりしていた。
「…なんならもっと詳しく書かれた本、今度図書館で借りてくるわ。」
そう言えばガイは顔をほころばせ、本当に嬉しそうにお礼を言った。
「…、」
最後のページを最後まで読み終わった直後、を呼ぶ声がかかる。
「なに?」
横を向いて見えたガイの表情。それを見て全てを理解したは口を開く。
「――別に、いいわよ。」
ガイの表情が一気に明るくなった。
「起動するまで少し時間がかかるから、――って、それはもう知ってるか。」
自分で言いかけて自分で言葉を止める、パソコンデスクの脇に立っている。隣にはガイが椅子に座り、パソコンが起動するのを今か今かと待ち侘びている。
「…もういいか?」
「まだ。」
音が鳴り、それを起動完了の合図と思ったガイが訊く。だがまだデスクトップにはなんのアイコンも表示されてはいない。
「…もういいか?」
「もうちょっと。」
アイコンがデスクトップにずらりと並び、それを見てまたガイが訊く。だがまだポインタは砂時計の形だった。
それから少し待ち、ポインタが元の矢印の形に戻ったとき、はガイに起動したことを告げた。
するとガイはマウスに手を伸ばし、それを操作し始める。
その動作は先日のガイの無茶苦茶なものではなく、パソコン初心者がするような、少し恐る恐るといった様子のものだった。
はその様子を時折ケチをつけながら、基本的には黙って見ていた。
「…あ、こら!そんなことしたら駄目!」