「駄目に決まってるじゃない!」
 自分が提示したルールも忘れてが出した大声が、ガイを叩く。
「そんなことしたら……っ、どうなるか判ってるの!?」
「…そんなにこの世界は物騒なのかい?」
「…そんなことは…ない…けど…。」
 の声はどんどん弱まっていく。
「なら、これくらいは許して欲しい。」
「駄目よ!駄目っ!」
 もはやの声は馬鹿なことをしようとするガイを叱り付けるものではなく、彼に必死に懇願するようなものになっていた。
「なぜだ?」
 だからガイに理由を問われ、必然的には言葉を失う。
「……それは…、」
 は下唇を噛んだ。




**




 真昼、休日。少なくともが自分で大声を出すよりは前。
 は自室の床に敷かれた布団で眠っているガイを見下ろしていた。その寝息は不規則である。
「…起きてるんでしょ。」
 はそんなガイに向けて言う。ガイは答えない。
「判ってるわよ。だって、あなた、身体が震えてるもの。」
 女性に近付くと身体が震え出してしまうガイの寝る布団の側に、は立っていた。
「なんならこれ以上近付いてもいいのよ。」
 と、は足を一歩踏み出す。するとガイは身体をびくりと竦ませた。
「…あくまでも起きないつもりなの?」
 訊き、は返答を待つ。だが、返ってくるのは不規則な寝息のみ。
 しばらくは待っていただったが、耐え兼ね、声色を落とす。
「…部屋の主の命令です。起きなさい。」
 反論出来ないように言ってやると、ガイはゆっくりと目を開け、その目でを見て、そして素早く身を起こした。当然のごとくその直後には短い悲鳴と同時に後ろへ下がる。
 はそんなガイを目を細めて見ていたが、決意したように目をしかと開けると、
「昨日のことだけど――」
「もう少し、寝かせてはくれないのかい?」
「…はぁ?」
 厳しく言い出した言葉をガイに遮られ、不快そうに片眉を吊り上げた。
「最近寝不足でね、出来ればもう少し寝かせて欲しいんだが――」
「…な、なに言ってるのよ!」
 そしてその表情に焦りが浮かぶ。
「昨日のこと、ちゃんと説明してもらわないと納得出来ないからね!」
「――昨日…?」
 ガイは不思議そうにの言った言葉を呟く。
「…覚えてないの?…昨日あなたが私に――」
 言いかけ、はぼっ、と顔を赤くした。
「……〜〜っ…。」
 そして額に手を当て、ガイから目を逸らす。
「悪いけど…覚えていないんだ。なにかしてしまったなら、教えてくれないか?」
 申し訳なさそうにガイは言うと、からの言葉を待つ。
「――……、…覚えてないなら…別に…、」
 はしばらく頭の中でガイの言葉を反芻させた後、言った。
 そして顔の赤みも取れた頃、ガイに目を戻した。
「……本当に、寝たいの?」
「――ああ。」
 の質問にガイは間違いなく頷いた。
 はガイのその返答に、そう、と返すと、ガイから目を逸らして、布団、片付けるね、と、布団に手をかけた。


「…キミに、これ以上迷惑をかけてはいけないってことは判ってる。」
「え?」
 突然の言葉に、は布団にやっていた目をガイに向ける。
「…だから、俺は、この部屋でのうのうと暮らしていてはいけないと思うんだ。だから、。」
 ガイの瞳はいたって真剣で、はそこから目を離すことが出来ない。
 そして、
「――俺に、この部屋から出る自由をくれないか?」
「――え…?」
「――駄目、かな?」




**




「……だって…、あなたが私に関わりのある人物だって知られたら…、困るもの…。」
 やっとのことで出てきた理由を、は口にした。
「…、確かにそうだが…、」
 さすがにこれはガイにも堪え、ガイは言葉を濁らせる。
「…だが…、このままここで暮らしていても…、」
「そんなの判ってる!」
「……!」
 がさらに声を張り上げた直後、部屋の外から女性、の母親のものらしき、を呼ぶ声がした。
 その声ではっとしたはドアを振り向く。
 ドアの外からを呼ぶ母親の声は焦っているように聞こえた。ねえどうしたの。母親が尋ねる。
「……、」
 は言葉を返すことが出来ず、ガイも当然声を返すことが出来ず、部屋には母親がを呼ぶ声だけが聞こえる。
 独りで大声なんか出して、そこに誰がいるの。声の焦りが大きくなり、そしてついには母親はドアを叩くことを始めた。
 どんどん。どんどん。
 ねえ居るんでしょ、返事しなさい。
 どんどん。どんどん――――



>>ついに、ついに、