「――今日は家族が居ないの。」
 が言った言葉を聞き、ガイはようやく形を成してきているゲームボーイポケットからに視線を移した。
「…え?」
「だから、今日はいつもみたいに声を抑えなくてもいいし、なにしても、いいの。」
「…そうなのか――、」
 家族が居ないことにより家の中でのガイの行動制限がほとんど解除されることを説明したに、ガイは期待半分、不安半分の表情を見せる。
「…だから、」








 だからお昼ご飯、一緒に食べよう。
 そのの誘いを受けたガイは、と一緒に、の家の廊下を台所に向かって歩いていた。
 昼に部屋以外を見るのは初めてのガイが、その造りに感嘆の声を漏らす。
「…俺が見たことのある建物のどれとも違う、不思議な造りだな――」
「…それはそうよね。そもそも私の家は最近見なくなった様式だし。」
「そうなのか?」
 ガイの問いに、は廊下を歩きながら頷く。
「…まあユリアシティみたいに創世歴の失われた技術ってわけじゃないけど。」
 ただの木造建築物よ、と、は尚も歩きながら壁を軽く叩いて見せる。
「へぇ――…。」
 そしては見えたドアを開け、台所へガイを入れた。
「…お、これは第五音素を利用した加熱装置か――。」
 コンロが目に入ったガイが言った。その言葉をは違う、と否定し、
「この世界には音素だとかそんなものはないの。」
 これはただガスを使って火をつけてるだけ、と、実際にコンロに火をつけて見せる。
「ガス臭いでしょ?」
「…ん、ああ…。確かに臭うな。」
「第五音素でそんな臭いがする?」
「…しない。」
「ね。」
 そしては火を止めた。
「…あ、音素がないってことは預言も譜術もないんだよな?」
「当然。さらに言うとフォミクリーもソーサラーリングもないし、チーグルも魔物もいない。」
「だよな――。」
 故郷を振り返る様子のガイを見て、それでもはあの質問はせず、ただ目を細めてみるだけだった。


「っ悔しい!」
 食卓を力任せにばん!と叩く。汁物の汁が数滴飛んだ。
「なによなによなによ!このスケベ大魔王!」
 本人にとってはいわれのない怒りの視線をガイに向けると、お盆を持って料理を運んでいたガイは苦笑いをに返した。
「この料理はどういうことなのよ!」
 びしりと指差す、目の前の卓上に並んだ料理の数々を。
「俺に言われても困るんだが――」
「あなたに言わずに誰に言えっていうの!?」
 今この気持ちをぶつける相手は、ガイしか居なかった。
 料理を作ると勇み勇んで包丁を手にしたを最初こそ微笑ましく見ていたガイだったが、その手捌きに思わず包丁を奪い取り、自分が料理を始めてしまったのだ。
「…そうだけど…、あのまま放って置いたら火事になりそうだったし。」
「そうよ私は料理なんて出来ないわよ!…文句ある?」
「…ないです。」
 既に今のの状況は、自身が嫌う「逆ギレ」というものだった。
「…全く…。」
 はガイに対してぶつぶつと文句を言いながら席につき、それでも箸を手に取って食べ始める。
「……。」
 そして溜め息をつき、机に突っ伏した。
「…?」
 その様子を見たガイが不思議そうに声を出す。
「おいしい。」
 そのまま感想を素直に述べるが、それは料理を作った人間には届かず、ガイはえ?と聞き返した。
「おいしい!」
 今度は一文字一文字にアクセントをつけ、大きな声で言ってやる。さすがにそれはガイに聞こえ、
「…ありがとう。」
 ガイは微笑み、半歩下がって、優雅に頭を垂れた。
 はその様子を横目で見て、
「…気取ってるんじゃないわよ。」
 独りごちた。