朝、平日。
 私は目を覚まし、起き上がると、まだ寝たがる頭を左右に振って無理矢理覚醒させた。
 部屋は暗い。私はまず部屋に明りを取り入れるため、窓(ベランダに続く)まで歩き、カーテンを開けた。
 空には暗雲が立ち込め、あまり部屋を明るくはしなかった。それでも私の意識はゆっくりと覚醒していく。
 そして私は身体の向きを変える。部屋が目に入った。
 真っ先に気付いたことは、この部屋に誰もいないことだった。
「あれ……?」
 私は違和感を感じ、ベッドの脇に歩く。
 ベッドの脇におかれた布団には、誰も寝てはいなかった。
「……?」
 そしてふと、床に置いてある小さな机が目に入った。その上に置かれている、白いものも。
 目を落としてみると、それがゲームボーイポケットであることが判った。手に取ってよく見てみると、それがきちんと形を成していることも。
 数日前まではそれはボタンがはずれていたり画面がはずれていたりで、きちんと形を成してはいなかったはずだ。それがいつの間にか、元通りになっている。
 ゲームボーイポケットを机の上に戻そうとすると、小さな紙が置かれているのに気付いた。ゲームボーイポケットと入れ替えてその紙を持つ。
 字が書かれていた。それも小さな子供が書いたように下手な、それでもきちんと大きさや行間は整っている、まるで平仮名を覚えたばかりの外国人が書いたような字。
 あいつか、と少しほっとしながらも不安が増大する。何故こんなところに、こんなときに手紙があるのだ。
 字に本格的に目を通してみる。読みにくかったが、読めないわけではなかった。
「えー…と…、」
 その手紙はまず挨拶から始まっていた。そして昨日のことについての謝罪。決して自分は、これからは勝手に居なくなるような真似はしないこと。
 そこまで読み、私はほっと胸を撫で下ろす。そして読むことを再開した。
 私に借りていたゲームボーイポケットを形を直して返すということ。貸したことについてのお礼。その他にも色々なことについてのお礼。
 読んでいるうちに、なんとなく気恥ずかしさを覚えた私は頬を掻く。――そんなにかしこまらなくてもいいのに。
 それから、その手紙によると、どうやら今日は話があるらしい。そんなに気難しいわけでもないが、それでも真剣に聞いて欲しいという、そんな話。
 そこで私はその話の内容について予想し始める。気難しいわけでもないが、真剣に聞いて欲しい話。
 しばらくは真剣に考えていたが、どうにも答えが定まらない。なので私は予想をたてようとすることはやめ、部屋を出ることにした。
 最後まで読み終わった手紙を机の上に戻す。
 そして部屋のドアに向かうと、鍵を開けた。摘みをまわして、鍵を開けた。


 鍵を開けた――?


 私は違和感を覚え、窓に振り返った。窓は閉まっていた。
 はやる鼓動を感じながら窓に駆け寄る。――鍵は閉まっていた。
 ベランダに続くこの窓以外のこの部屋の窓も見てみるが、やはり鍵は閉まっていた。


 ――この部屋は密室だった。


 この部屋の合鍵はひとつだけで、私は誰にも渡していない。自分以外の人間がこの部屋から出て、鍵を外からかけるのは不可能なのだ。
 どんどん鼓動が速くなっていく。
 この部屋に、ただ、あいつが居なくて、部屋から出ることが、不可能なだけ、だ。
 そう言い聞かせるが、その言い聞かせが余計に私の不安を増大させる。
 私は部屋を飛び出した。そして階段を降り、長い廊下を走る。途中擦れ違った母親がなにかを言ったが、その言葉は私の耳には入らない。
 そして庭に出る。以前は蜂蜜色の影が目に入ったが、今回はそんなものはどこにもない。

 どこにも居ない。

 私は家の中に戻ると、長い廊下を歩いて、階段を登って、自室に戻った。
 やはり誰も居ない。
 私はクローゼットまで歩き、扉を開ける。中にはいくつかの私の服と――――あいつのブーツが、あった。
「なんで……っ?」
 ブーツを引っ張りだし、抱える。涙がつ、と頬を伝った。
「なんでなんでなんでっ?どうして?」
 どうして居ないのだ。居なくなることはしないと言ったのに。
 なんのために私は――――、
 これでは、私はただの、




 伝った涙が床に落ち、そしてまた新しい涙が頬を伝う。そしてまたその涙は床に落ちる。そして………
「ねえどうして、なんで、ねえ、」
 私は狂ったように呟く。その呟きは伝えたい相手に届くことはなく、空気にかき消される。
「…戻ってきてよ、ガイ―――