朝。休日。
 私は目を覚まし、起き上がると、まだ寝たがる頭を左右に振って無理矢理覚醒させた。
 そしてベッドから降りる。そのまま窓際(ベランダに続く)まで歩き、朝の光を取り入れるため、カーテンを開いた。
 そしてカーテンを閉めた。
「……。」
 カーテンを開けたとき私の視界にまず最初に入ったのは青空だったが、視界の下の方に見えた黄色っぽい影にベランダに目を落としてみると、そこにはそこに居るはずのないものが居たのだった。そして私はカーテンを閉めたのである。
「……。」
 カーテンが閉められてまた光の入らなくなった部屋で、私は息を吐き、吸う。そしてカーテンを睨み付けた。
 手をカーテンに持っていき、そして掴む。力強くそれを横に引くと、ベランダが、そこに居る男が目に入った。
「……!」
 私は驚いて半歩下がる。そう、私は驚いた、はずなのだ。だが私の口からは通常驚いたときに出るような、わーとかきゃーとかいう言葉は出てこず、ただそこが間抜けに開いているだけだった。
 しばらく、というには少し短い時間が経った後、私は口をきゅ、と閉じる。そして今度は窓の鍵に手を持っていき、それを解いた。そのまま手を移動させて枠にかけ、勢いよく開けた。
 ぴしゃん、と表現するのが相応しい音が鳴り、外気が部屋の中に少し入るのが感じられる。
 男は寝ていた。
 それが勘に障るくらい気持ち良さそうに、顔にかかる黄色に似た色の髪の毛の隙間から閉じた目を覗かせて、安らかに寝息をたてて眠っていた。
「…………なに、これ。」
 ぽつりと声を出す。今目の前には男が「ある」のではなく「いる」のだから、「これ」という表現は日本語として正しくはなかったが、今の私には正しい言葉を使うだけの余裕はなかった。
 私をそれ程余裕のない状態にしているのは自分の部屋のベランダに男が寝ているからという理由だけではない。その男が「彼」の格好をしているということも、私を驚かせている理由のひとつだ。
「えーっと…、」
 その「彼」というのは、私の好きなゲーム「テイルズ オブ ジ アビス」に登場する、「ガイ=セシル」(正確には「ガイラルディア=ガラン=ガルディオス」)という名前の女性恐怖症の男である。私は珍しくもほとんどのキャラクターに好感を持てたその「アビス」では、ガイに特別な感情を抱いてもいた。
 そのガイにそっくりな格好をした男が、自室のベランダで気持ち良さそうに寝ているのだ。これが驚かずに、余裕を失わずに居られようか。
 私はこの男を見てしまった事実をなかったことにして部屋を出る、ということも考えたが、そうしたところでこの男が私の部屋のベランダに寝ているという事実は変わらない。むしろ混乱を招く可能性もある。
 私はこの男の目を覚まそうと、一歩踏み出し、男の脇にしゃがんだ。
「すみません。」
 一言言って、男の肩に手を伸ばす。男は肩に触れられた瞬間、びくりと身体を震わせた。
「…まさか、ね。」
 まさか、そんな筈はない。
 そう思いながら私は男の肩を揺さぶる。すると意外にも男は早く目を開けた。
 途端、素早く男は身体を起こし、私と目を合わせる。そして驚いたように、または怯えたように叫び、たじろいだ。
「…ききっ、キミは…?」
 震えながら男は言葉を紡ぎ出す。そんな反応も、私の記憶の中のガイとほとんど同じだった。
「…あなたこそ、誰。」
 私は何故かその反応にうさんくささを感じ、冷たく言う。
「ししっ質問の前にっ!は、離れてくれぇっ!」
 必死にそう懇願する男に私は溜め息をついてから後ろへ下がり、男から離れた。
 すると男は安心したのか身体の緊張をとき、おそらく私とは違う意味を持つ溜め息をついてから、私を見据え、
「それで…、キミは一体誰なんだ?」
 私の立場からしてみれば素頓狂な質問をした。
「…私はそっくりそのままその質問をしたいんだけど。」
 先程もしたにはしたが。
「え?」
「私はあなたが誰なのか、判らない、『知らない』。朝起きたら私の部屋にあなたが居て、あなたの方が不法侵入者なの。」
「え……?」
 男は意味が判っていないという様子を私に見せる。
「はい、あなた、名前は?」
 返ってくるであろう言葉を予想しながらも私は問うた。
「…名前…?…ガイ=セシルだが。」
「オールドラントのキムラスカに住んでいた?」
「あ、ああ…。」
「あなたはどうしてここに?」
「…えーっと…、確かルーク達と野宿していて…朝起きたらここに。」
 ほとんど予想通りのその答えに私はもう一度溜め息をつく。いわゆるこれは、
「…『逆トリップ』、みたいね。」
「え…?」
「『逆トリップ』。あなたの言うルークがあの『ルーク』なら、あなたはルークやティアの生きる世界から、私の生きるこの世界へトリップしたことになる。」
「えーとつまり…、」
「私の生きるこの世界は、あなたのいた世界とは違うってこと。あなたの言葉が正しいなら。」
 そう言ってやると、「ガイ=セシル」は目を見開いて、
「えぇええっ!?」
 大声を出した。私は慌てて彼に近付き、静かに!と声を潜めて言う。彼はそれだけで理解してくれたのか、身体を震わせながらもこくこくと頷いた。
「――つまり…、ここにはどこを探してもルークもティアも六神将もいない…?」
 確かめるように言った彼に私は頷いてみせる。
「そうか――。」
 すると彼は俯き、なにかを考えるような体勢で黙り込んだ。考えることを始めたのだろう。
「……。」
 私が時計を見ると、もう既に針は7時をまわっていた。今日が休日で助かった。
 そして目をベランダに居る男に向けると、彼は顔を上げ、
「…今、考えたんだが――、こんなことを言うのも迷惑だと思うが、これからしばらく、ここにおいてくれないか…?」
「…どうして。」
 理由なんか判っている。ここまで予想通りにきたのだ。
「キミの言っていることが事実なら…俺のいた世界とこの世界は違うってことになる。なら戻らなきゃならないんだが、生憎どうしたらいいかが判らない。だから元の世界に戻る方法が見つかるまででいいんだ、ここにおいてくれないか?理由は判らないがキミは俺のことも知っているようだし。」
「…悪いけど、この家の主は私じゃない。だからその判断は出来兼ねるわ。」
「それなら家主に――」
「駄目。絶対に警察に突き出される。」
「け、いさつ…?」
「…なんでもいいわ。だから私はあなたをこの家に住まわせることは出来ない。」
 明言すると、男はそうか、と言って今度は途方にくれたように俯いた。
「――でも、」
 男の頭が上がる。
「私はあなたをこの家に住まわせることは出来ないけど、この部屋に寝泊まりさせることは出来る。…ルークの軟禁生活より酷いけどね。」
 苦笑すると、男は希望を見出だしたような表情で、それでも構わないよ、と言った。
「…それなら、――これからよろしく。」


 朝。休日。
 私はこの変な男を部屋におくことにした。