全ての音色を統合する音が、メロディの上を流れる。












 のどかな空気とのどかな人々。エルニドの南西に位置する小さな村、アルニ。
 初めて訪れる場所への感動すらも、この優しい村には解き放たれてしまう。代わりに漂ってくるのは海の匂いだ。

「おねえちゃん、テルミナのひと?」

 小さな男の子に服の裾を引かれる。ええそうよとなるべく優しくほほえんで頷いて見せると、すぐに明るい満面の笑顔が返ってきた。
「アルニ村へようこそ!」




 村を来訪してものの数分も経たないうちに、私はたくさんの子供達に囲まれて座ってしまっていた。それも、村長の居ない村長宅にて、である。

 ごようはなあに?との問いに即座に「村長に会いに来た」旨を伝えると、現在は村に居ないとの答えが返る。しまったすれ違ってしまった、どのようにして時間を過ごそうと考えを巡らせ始める間もなく、それならおじいさんの家で待ってて!と、ここへ連れて来られてしまった。
 家主が居ない家に滞在する罪悪感としかしいたいけな子供の言い出しを無下に断ることもできず結局現状維持する申し訳なさとがないまぜになった心情で、私はいつのまにかたくさん集まって来てしまった子供達に囲まれながら、あれやこれやと質問攻めにあっていた。


「テルミナって大きい?ひとたくさん?」
「あたし、じゃこつまんじゅうが食べてみたい!」
「軍人さんがいるのー?」
「お姉さんは騎士団のひと?」
「――これ、なに?」
「それは駄目ッ!!」


 大声をあげると、それまでの喧騒がぴたりと嘘のように止まってしまった。男の子がテーブルの上に伸ばしかけた手もぴたりと止まって、私が伸ばした手は剣の鞘を引っ掛けて身体に引き寄せられて、私が剣をしっかりと握る音を最後に音がしなくなって、
 そして小さな男の子が泣き出した。

「うわああああん!!」

 耳をつんざく程の声。
 私は慌てて剣をテーブルの上に戻して(おそらくもう誰も、手を触れようなどとは考えないだろう)、男の子の前に座り込んだ。
 両肩に手を置いて、目線を合わせる。

「おねえさんがおこったー!」
「ああ、ごめんなさい、ごめんなさいね。そんなつもりではなかったの。ただ、あれはとても危ないものだから…」
「だって、いっつも似たようなもの使ってるもん!」

 ここ、アルニ村は、元龍騎士団の四天王であった方が村長を務める村である。噂に聞いたところによると、彼は村の子供達に剣術を教え、指南なさっているとか。
 それ故に、よく見知ったようで実は全く知らないもの――“剣”への憧れと興味が、並以上に強いのだろう。それに対する油断も同様である。

「でも、貴方達が使うのは、訓練用の殺傷力のない――ええと、危なくないものでしょう?これは本物なの。危ないから、勝手に触ったりしたら駄目よ。」
「…………。」
「貴方がこれで怪我をしたりしたら、私は悲しいもの。お願い、危ないことはしないで。」

 涙を滲ませる目に向かって、懇願するように言う。じっと目を見て言う。
 すると、少年は尚もしゃくりあげながらも、ひとつ確かに頷いた。安心した私は手を離す。少年から目を離す。
 少し唖然とした様子で場を見守っていた子供達に向けて謝って、私はまた、子供達に頂いてしまった席(もちろん、村長宅のものである)に着いた。

「ごめんなさいね、いきなり大声をあげてしまって。」
「何があったんだ!?」

 それとほぼ同時に、今度は大声が外から飛び込んできた。私も子供達もぎょっとしてそちらに顔を向けて、入り口には村の人らしき青年が焦燥した様子で立っていた。深い青色の髪を対照的な深い赤色のバンダナでまとめた、心優しそうな青年だ。

「あ、セルジュにいちゃん!」
「どうしたの大声だして!」
「おねえちゃんがびっくりするでしょ!」

 口々に子供達が青年に声をかける。彼は人の良さそうな表情を困ったようなものにして、ええと、と、言葉を淀ませて目を泳がせた。
 私はその様子に思わず笑みを零して、きっと彼は貴方達を心配して駆けつけてくれたのよ、と、子供達にほほえんで見せた。
 すると青年が、人好きする笑みをわずかに取り戻す。

「――はは、そんな表情もするんだ。子供好きなんだね。」
「…………。」

 私は改めて青年に顔を向けた。青年も私を見ていた。
 お互い、にわかに口を開いて、何かを訴えようとする。しかし出てくるはずだった言葉はどこにも見つけることができず、ただ正体の知れない違和感に首を傾げることすら知らずに、単なる空白の時間が生まれた。
 子供達がその事実に気付く余地はなく、すぐに、本来そこにあって然るべきやり取りだけが始まる。


「初めまして。と申します。ラディウス殿に用があり、テルミナより参りました。」
「初めまして、セルジュです。ええと、子供達が、ご迷惑をおかけしたようで、ごめんなさい。」








あとがき