私達はテルミナに足を運んだ。そこでザッパ殿と合流し、これからのことについて話し合う。
 ラディウス殿とザッパ殿のお話は、私には考えることもできなかったような、次元の高い内容に溢れていた。ただパレポリ軍と戦って町を解放することのみを考えていた私は、私自身が恥ずかしかった。
 “軍”を相手にするからには、こちらとしても集団として立ち向かわねばならない。それはただ個人が集まり人数を増やしたものなどではない。「軍」や「騎士団」などの、ひとつの集団が持つ力は、個々が集まっただけのそれの比ではないのだ。
 そのような力が、私達にはない。ラディウス殿はそう仰るのだった。

 テルミナを守っていた「集団」である、アカシア龍騎士団はもうない。今ここに残る龍騎士団関係者は、私とラディウス殿とザッパ殿の、たったの3人であった。
 ここで「戦力になりうる人」を、集めてきたとしても、やはりそれは個人の集まったものでしかない。 そう、ラディウス殿はテルミナの町そのものがひとつとなって、軍に立ち向かうことを主張しているのだ。
 何も「戦う」とは、武器を手に攻撃し合うだけでない。
 テルミナがパレポリ統治下から抜け出し自治権を得るには、町に住む人々の意識から変えてゆかねばならない。


 そしてそのようなことは、とても今の我々にはできないのであった。
 3年の時はとても重い。








 私は廃墟となった蛇骨館を訪ねていた。テルミナの東に位置するここを、私はおよそ3年ぶりに訪れた。辺りももう暗く、普段は調査に訪れているパレポリ軍人も今は居ない。
 ラディウス殿はこう仰った。「騎士団亡き今、人々に前を向かせ歩かせるような力は我々にはない。これから長い時間をかけて、人々の意識を変えてゆくのだ」と。
 しかしそれは途方もない話だった。戦いが長いのではない。戦う準備が整うまでが長いのである。途方もない。
 長い時間をかけて人々の意識を改革したとして、では、その先は?どうやって軍と戦う?
 そこまで考えて私は思い直した。いや、私はまだ戦うことばかりにこだわっているのかもしれない。まだ他にも、ラディウス殿やザッパ殿は、すばらしい案を抱えておられるのかもしれない――。冷静になって、きちんと状況を見て、判断せねば。

 それでも、感じる疲労に似た不安は収まりはしない。私はかつて自分が警備をするために頻繁に立っていた地点――門だった所に立って、夜空を仰いだ。
 憂う点はたくさんある。
 騎士団亡き今、人々を奮起させる力が我々にはない、と、ラディウス殿は仰った。そう、騎士団が事実上崩壊してしまっている今、どんなに複数の個人が訴えかけたとして、人々が立ち上がるには力不足なのだ。

 だから、思う。皆様が帰って来てくだされば、と。
 大国パレポリが3年前までエルニドに手を出すことができなかったのは、蛇骨大佐とアカシア龍騎士団の存在があったためだ。その持つ力を恐れ、テルミナは、エルニドは、蛇骨大佐統治の下、独自の文化を発展させ、穏やかな暮らしをすることができていた。
 パレポリが表立って介入してきたのは、蛇骨大佐達が行方不明になってすぐのことだ。彼らはそれをどこから嗅ぎ付けてきたのか、獲物をむさぼるハイエナのように、テルミナにその魔の手を伸ばしてきた。
 蛇骨様が戻って来て、すぐに館を建て直すことはできずとも、騎士団の再結成さえ叶えば、テルミナは一丸となってパレポリに立ち向かうことができるはずだ。そしてエルニド在中のパレポリ軍とも対等以上に渡り合うことができるはずだ。
 ここエルニド諸島には、パレポリ軍の介入を快く思っていない者も多い。アカシア騎士団を筆頭に彼らと協力し、戦うことができるはずなのだ。

 だが騎士団はもうない。
 皆様は行方不明になってしまわれた。もう3年間も帰って来ていない。
 彼らが帰って来さえすれば、と思う。だがそれはもう、きっと、無理な話なのだろう。

 私が戦うことを決意したということ、それは同時に、私が騎士団の皆様の死を認めたということになる。
 私はずっと待っていた。いつの日か、高らかな足音を響かせ、蛇骨大佐を戦闘として、四天王の方々、多くの騎士団員が、テルミナに戻って来て下さることを。そしてパレポリ軍をいとも簡単に蹴散らし、人々に笑顔を取り戻して下さることを。
 私が立ち上がり、戦うことを決意するということは、そんな可能性を諦めることに他ならない。

 私は、彼らの死を認めたくはなかった!
 いつかいつの日か、皆様は帰って来て下さる。その期待を消し去ることなど、私にはできなかった。
 ああ、だからこそ、私はラディウス殿に私の姿勢を非難されたのかもしれなかった。私はまだ私自身に決着を付けられてもいないのに、葛藤をパレポリ軍と戦う目的に集約し、発散しようとしていたのだ。
 私は駄目な女だ。私はあの夢のような時の旅を経て、強くなることができたはずだったのに!

 ああ、カーシュ様。カーシュ様、どうしてあなたは今この時間にいらっしゃらないのですか。
 ああ、カーシュ。カーシュ、どうしてあなたは今この世界にいないの――?


 私の視界で星が瞬き、私ははっと我に返った。
 私はいったい何を思っていた?自問するが、返ってくる答えはない。なぜならそれを持っているのは私自身で、何も把握できていないのは私自身だったからだ。
 疑問はただ不毛に循環し、数秒の世界に飲み込まれ消えていくだけである。


「………帰ろう。」
 私は呟いた、今度は忘れてしまわないよう、自分によく印象付けておくために。宿はテルミナにとってある。きちんと睡眠をとって、テルミナ解放のために明日からのことを話し合わねば――。
 そして私は振り返った。振り返った先に、数人の人間の姿が見える。

 先頭に立つのはセルジュだ。すぐにそれは分かった。
 では、その周囲の3人の男女は――?


「よお、久しぶりだな、。」


 私にはすぐに事態を飲み込むことができなかった。すぐに彼らの存在を認めることができなかった。
 彼らの姿を目にした途端、私の意識は、いや、意識だけが異世界に飛んでゆく。
 意識は未だ活気に溢れるテルミナの町を最初に訪れ、猫科の大柄な亜人や真っ赤な装いの道化師の少女と出会い、世界の様々なところを目まぐるしく旅して――最後に、オパーサの浜に立つ一人の男性に行き逢った。
 アカシア龍騎士団四天王で、リデルお嬢様に恋する真っ直ぐで素直で格好良い素敵な男性。彼の名は、


「カーシュ……!」


 私はついに、その存在を認めた、受け入れた。
 そしてそれは同時に、私が私の「カーシュ様」の死を認め、受け入れるということに他ならなかった。