「私から、提案があります。」
 ザッパ殿の鍛冶屋においての話し合い。そこで私は立ち上がり発言した。比較的黙ってラディウス殿ザッパ殿二方の話を聞くことが多かった私の、初めての改まっての発言であった。
「行動に移る前に、為したいことがあるのです。それは、戦うための準備ではなくて、私達が前を向き歩き出すための準備です。」








「カーシュ、なぜここに?ゾアもマルチェラも………それに、セルジュ!」
 『どうやしてカーシュ様含む四天王3人がこの場に帰還できたのか』ではなく、『別世界に居るはずのカーシュがなぜこの場に立つことができるのか』という疑問を胸に、私は意味も分からず高揚する気持ちを制御するのに必死であった。
 ただひたすらに場に居る人物の顔を見回して、それがやはり別人でないことを改めて認識する。
 カーシュだ。ゾアだ、マルチェラだ。そしてセルジュだ。

「ああ、セルジュ……久しぶりね!私とあなたは初対面などではなかったわ、何故気付かなかったのかしら…」
 ひとまず一番近くに立っていたセルジュに私は縋り付く。そうでなくとも非常に懐かしく愛おしいその少年の存在に私の心は癒された。
「胸がいっぱいで、」
 言葉どおり私の胸はいっぱいになっていて、それはただ短いフレーズを口にするのにもつっかえてしまう程だった。
 自分自身をまるで制御できない私は我知らず、半歩下がってしまった。まるで彼らから距離を取るように。
「何から言えばいいものか……。そうだわ、私はテルミナをパレポリ軍から解放しようと思っているの!それに協力して下さらない?」

 それはあまりにも唐突な話題だった。私自身何を言っているのかよく分かっていない。
 ただ、そうだ、今の私の心を満たす話題で一番表にあるものといえば、これしかなかったのだ。テルミナの解放。
 それを視野に入れた途端、私の胸はその思いでいっぱいに満たされた。私達の望んだ、足りなかった力が今目の前にある!

「あのね、テルミナを解放するには、私達だけの力では足りないの。かつて皆が道しるべとしていた方々がいないと……そうだわ、蛇骨大佐も、あなた達の世界にはいるのでしょう?それなら完璧だわ!きっとすぐにでもテルミナ解放に動き出すことができる!」

 一人で語る私はおそらく、我を失っていたのだろう。こちらに歩み寄ってきたセルジュが私の手を取り、私の目を見、して、私に話しかけたことによって、ようやく私の意識は現実に引き戻された。
、落ち着いて。」
「…ごっ、ごめんなさい……。あまりにも、信じられないことが突然に起こったもので、取り乱してしまったのね……」
 何とか取り戻した平常心に必死にしがみ付き、私は繕って苦笑いする。すると私の目の前の「四天王」は揃いも揃って楽しそうに笑った。


「久しぶりだな。懐かしい顔に会えてオレは嬉しい。」
「久しぶりだね、。また会えて嬉しいよ!積もる話はたくさんあるだろうけど、ひとつひとつ片付けていこう。」
「セルジュから話は聞いたぜ。オレ達も一緒に戦う!これからはおまえにとって嬉しいことがどんどん続くんだ、オレらに会えて嬉しいからって、これくらいであんまり取り乱してると身が持たねーぞ!」


 その夜闇の中でも明るい笑顔につられて私もつい笑みを深くしてしまったはずだったのだが、そんな中私の心にぽっと浮かんだのはこんな一言だった。

「(………嬉しい?)」

 嬉しい。そのたったひとつの形容詞だけが、妙に偽者っぽく私の心から浮かぶ。
 それでも私は笑った。皆が笑っていたから。








 私の提案はお二方にも受け入れられ、合流したセルジュやカーシュ達も連れて、私はテルミナ外れの共同墓地を訪れた。
 最も奥にある墓、すっかり錆び付いてしまった剣がしるべとなるそれの前に立ったラディウス殿やカーシュが、確信した目で、そのはりぼての剣を抜き去った。
 これは決意である。遥か彼方、地図にも載っていない離れ小島に生活する彼の人を、必ず迎えに行くという。
 きっと彼は私達と共に戦ってくれるだろう。そうでなくともこの墓は、もう必要がない。
 それよりも、これからここにはたくさんの墓が建つのだから、死んでもいない者の墓など邪魔でしかなかった。
 私達は、死海へ行ってしまったカーシュ様達のお墓を作ることを決めた。

 これは決意である。時の彼方に置き去りにされ決して戻って来ることのない彼らに決別し、確かに今ここに居る私達が戦ってゆくのだということの。
 ラディウス殿が指示をし、皆は動き始めた。その中には、あまりこの件そのものには関係がないはずのセルジュの姿もあった。
 そして、テルミナの町の民の姿も。彼らはひとまずの「四天王」帰還により、いち早く立ち上がることを決意した者達だった。

 私は人々が汗を流し働く中で、同様に動いていた。もう既に死んでしまった、いや、死ぬという概念すら当てはまらない遠い闇へ飲み込まれてしまった人達のために、汗ではないものも流して働いた。
 それは涙。いつしか私の頬を涙が流れ、濡らしていた。私はそれに構わず働いた。


「………ほらよ。」
 短い乱暴な声と共に、視界に差し出される白いハンカチ。私は顔を上げてカーシュを見た。
 私は目をしばたいてそのハンカチを見た。瞬きをしたら目に溜まった涙が溢れた。
 そして首を振った。
「いらないわ。お気遣い、ありがとう。」
 それだけ素っ気無く言って、私は作業に戻る。カーシュはしばらくその場で困ったように固まっていたが、私の視界の端で、そのうちマルチェラに小突かれて作業に戻ったのが見て取れた。
 私は静かに涙を流す。作業の手は止めない。


 私は墓石の素材となる石を運びながら、この石が持つ意味を考え続ける。
 これはカーシュ様達の墓石だ。墓とは、死んだ者を弔うために建てるもの。そう、だから、カーシュ様達は死んでしまった。
 私の愛した人は死んでしまった。

 私は首を振った。その事実はもう、受け入れたはずだ。私のテルミナで暮らしたこの無意味な3年間と、あの夢のような旅と、その中でのカーシュの気遣いによって。私はきちんと泣くことができたはずだ。
 私のカーシュ様は死んでしまった。私はその事実を受け入れたからこそ、こうして立ち上がる決意をしたのではないか。

 ああ、それではなぜ?いったいなぜ?
 どうして、なんで、私のこの手には、じょうずに力が入らないの?
 どうして私は素直に彼らとの再会を喜ばなかった?
 私が受け入れられないのは、彼らの存在?


「(――……カーシュ様は死んでしまったのに、どうして彼らは生きているのだろう。)」


 不意にそんな思考が私の頭を過ぎって、はっと我に返った私は墓石をその場に落としてしまった。
 とっさに足を引いたために、けがはしないで済んだ。幸い皆は自身の作業に集中していて、素材を運ぶ私が立ち止まったことなど気付いてはいない。
 私は慌てて散らばってしまった石を集め、箱に入れてゆく。そうしてまた先程までと同じように、それを運び始めた。
 カーシュ達のところまで行って、素材を提供する。


 その間にも私の思考は止まらない。
 彼らが夢幻、偽者などでないことは、私自身がこの身をもって知っている。彼らは生きている。私達の住むところとは違う、セルジュの死んだ世界で。
 そこではテルミナは未だ活気づく明るい町である。人々の笑顔に満ち溢れ、恒例の蛇骨祭も行われているのだとか。
 これまでにも様々なものが現れ、その度に消えたり成長したり変化したりと様々な結末を迎えた私の心に、また新たな感情が芽生える。むくむくと目にも留まらぬ早さで成長してゆく。
 私にはそれを止めることはできない。ただ表面で笑って、何となくカーシュ達を避けて、自分をごまかして、セルジュに笑いかけるだけである。
 その間にも、私の汚い感情は成長して、葉をつけて、花を咲かせて、実を結んで――


「――カーシュ様!!」


 よく透る女声は、声を発した者の存在をその場に居た全ての人物に知らしめた。
 たった今、テルミナ外れの共同墓地に一人の女性が登場した。
 兜で隠れて見えなくとも綺麗に整えていたはずの顔は、そこらじゅう傷だらけ、泥だらけ、見る影もないくらいにぼろぼろで、そんなみっともない姿を隠していたのだろう兜そのものも、今はもうない。
 痛んでしまった頭髪は、どこぞの毒素に長時間浸されたかのようである。
 女性自身は呆然とした様子で、けれどもその目に確かに彼女の目的とする人物――カーシュを映して、こちらに歩んで来るのだった。

「カーシュ様……」

 彼女の名前は。そして彼女が呼ぶのは、彼女の、彼女だけの、彼女の世界の、「カーシュ様」。