【女将とエルガー青年の馴初め話】




 ナマエ・ミョウジには夫がいた。同じ村の出の、ふたつ年上の幼馴染だった。
 昔から剣を携え未知の大地を切り拓くような冒険譚が好きだった彼は、村長である父が管理する書庫へ夜な夜な手燭片手に忍び込んでは、闇に目を凝らして書物を読み漁っていた。
 当時のナマエには、自身の部屋には腐るほどある読み物に、なぜ彼がこうまで執心するのかがわからなかった。

「大人になっていつかこの村を出たら、宿を開くんだ」

 それが、彼の口癖だった。

「――冒険者になるのじゃなくて?」

 彼の隣で退屈を挟み込んでいくようにして適当に本の頁を捲っていたナマエは彼のそんな口癖に、あるとき気まぐれにぽっと浮かんだ疑問を投げかけた。文字の海から顔を上げてナマエを見た彼は、笑って言う。

「俺が冒険になんて出てみろ、三日で野垂れ死にだ。だから代わりに冒険者を持て成す宿を立ち上げて、色んな冒険話を聞かせてもらうのさ」

 ナマエが砂遊びがてらに教えてやるまでろくろく文字も読めなかったくせ、そんな情けないことをいやに堂々と申す百姓息子を、彼女は気に入っていた。
 ――いや、それどころか本音では慕っていた。父の手前、ついぞ口にすることはなかったが、婚姻という概念を学び知って初めて思い浮かべた顔は彼のものだった。
 だから彼女は隣村に嫁いでいく前夜、「自分と共に逃げてくれ。見も知らぬ地で苦労をしてくれ」と額を土に擦りつけた男の世にも情けない求婚を拒めずに、彼と一緒に夜霧に紛れて村を後にした。
 村一番の有力者の娘として蝶よ花よと育てられてきた彼女には想像もつかない苦労が待ち受けているであろうことはなんとなく理解していたし、ささくれひとつなく他者に整えられることに慣れた白魚の手がこの先汚れ削れていくことを思うと言い知れぬ恐怖を覚えた。
 それでも彼の隣で生きられるのであれば、どんな苦境をも堪え忍ぶことができる気がした。

 ――それから、彼の夢の宿――〝旅籠屋なごみ〟が都市と村落を繋ぐ山の麓に建つまでに数年を費やした。逆に言えば、数年しかかからずに宿の建設は成った。天運に恵まれていたとしか言いようがない。なにもかもの巡りがよかった。
 夫は檀那として接客から宿の雑事までなにからなにまで楽しそうにくるくると働き、ナマエは花嫁修業にと仕込まれていた料理の腕をさらに鍛え上げて存分に揮い、また夫の隣で女将として客を持て成した。
 全てがとんとん拍子だった。だから、これから先も慌ただしくも笑いの絶えない、なんとも騒がしい日々を彼と共に送っていくのだと、ナマエは無邪気にもそう信じ込んでいた。

 ナマエ・ミョウジには気のいい夫がいた。同じ村の出ながら身分違いの、ふたつ年上の幼馴染だった。

 今はもういない。
 ナマエの夫は宿を立ち上げたそのたった四年後に山中で死んだ。実に、なんともつまらぬ事故だった。



 親を捨てふるさとを捨て、互いの手だけが頼りとばかりに生きてきた対の片割れをなくし、ナマエもまた緩やかに死へと向かっていたのかもしれない。
 悪天候で山中に行き倒れた夫の亡骸は、決まった季節に必ず泊まりに寄る宿の常連であった男が連れ帰ってきてくれ、そのまま荼毘に付するところまで付き添ってくれた。
 そうして男は、心身の疲労に頬を青くしながらもせめてもの礼を尽くそうと茶を出し夕食の予定を訊ねたナマエを、そのまま無理矢理に押し倒し股を割り開いた。
 夫以外の男に身体を暴かれたのも、人の顔を持ち人の身体をした人間が醜悪な獣に見えたのも、これが初めてのことだった。



 ひと欠けでもなにか人らしき良心が残っていたのか、それとも他の思惑があったのか、ナマエにはわからない。

 男は「いやだ」「よして」と泣き叫ぶ彼女の耳元で「ずっと惚れていた」「あなたに会うためにここへ通っていた」と譫言染みた囁きを落とした。縮こまり硬く閉ざされた膣に陰茎を捻じ込み、夫以外には見せたこともない乳をくどく舐り、発情期の猿のように腰を振りたくり、そうして抱き潰しておきながら、その晩のうちにはすっかり姿を消していた。ナマエの身体をよくよく清め、身嗜みを整えてやった後で。
 枕元には旅の者がよくぞこれまでと思うほどの大金が積まれており、彼女はなんとなくこれがあの男のほとんど全ての財産であろうことを直感した。先の寝食のことも考えずに、これを置いていったのだろう。
 ナマエは未だ全身に生々しく残る這いずり回る手と舌の感触と膣の鈍痛によろめきながらも、それを全て溝に沈めようとして、思い留まった。そして情けなさに泣いた。
 不透明な先行きへの恐ろしさと女の矜持を天秤にかけて、前者が勝ってしまった。淫液に塗れた対価として手に入れた金は、少なくともナマエにとってこれから暫くの助けになるものには違いなかった。
 男という男をほぼ知らぬままにただひとりの男のものとなり女将として忙殺される日々を送っていた彼女は、それで初めて知った。己の身体は望まざるとも世の雄から好意的に見られてしまうものであり、夫のいない寡婦はそんな獣たちの格好の餌食であるのだと。

 いつしか自分からは触れ周りもしないのに夫の死は町のほうにまで知れていて、ナマエの元にはしばしば顔見知りからほとんど知らぬような者まで幾人もの男が訪れた。
 純粋に客として宿の戸を叩いた者もいれば、中には下衆な企みを持つ不逞の輩も入り混じっていたようであるが、雄というものの危険を身を以て思い知らされたナマエがあの夜のように意に染まぬ性行為を強いられることはなかった。
 それは皮肉なことに、親切心の裏で煮え滾る愛慾を抱いていた旅人のおかげとも言えるであろう。あの男が、ナマエに男への警戒を覚えさせたのだった。

 ――だがしかし、その警戒心をしてなお今日の客は殊に質が悪かった。
 〝なごみ〟には宿泊施設の他に食事処として開放している区画もあり、そこでは泊まりの客以外も受け入れている。
 そんな場所で、巨人の育てた林檎を丸々胴の中に詰められたようにでっぷりと肥えた腹を揺らしながら、昼間のうちからくだを巻くひとりの客がいた。彼は、ここからすぐ近くにある町に住む中年の男だった。夫の生前からナマエに対して下品な冗談を飛ばしたり、なにかと彼女の手に触れたがったりと元々厄介な男ではあったのだが、そこへ転がり込んできた夫の死を好機と見て増長したのだろう。毎日わざわざ宿に飯を食いに来てまで「自分の後妻に」と執拗に言い寄ってくるのが、今や日常と化していた。
 明るく笑っていた夫のいない宿は静かすぎて、男の脂こい物言いと下卑た笑声はあまりにも耳に障りすぎる。
 散々飯を食うだけ食って金のかかる宿泊だけは頑なにせずに帰ってゆくのがケチな男である。とはいえ、彼に苦手意識を抱くナマエにとってそれはかえってありがたいことでもあったのだが、今日はやけに長々と居座っていた。いつもは夕暮れ時には丸っこい身体を重たそうに揺すりながら帰っていくのに、もう月も覗く頃合いだ。

「なあ、女将。今日は泊まりの客も俺以外にはいねえんだろう。ちょいと床で相手してくれや。寂しいひとり身の親父を哀れむと思ってよう」

 なんとか笑みを繕って取り成そうにも男は聞かず、とうとうそんな口を利く。
 寂しいひとり身とは言うが、五十がらみにもなって未だ女にだらしない言動を繰り返すその男は、若い頃にした悪質な移り気――しかもそれは、性犯罪染みた――が原因で妻に出ていかれたのだということを、ナマエは風の聞えで耳にしていた。

「い、いやですよう……。若い娘さん相手ならいざ知らず、こんな薹の立った女寡をからかっちゃあ……――あッ!?」

 崩れかけた笑みを白粉と共に白貌に上乗せて、どうにか穏便に事を済ませてそのまま離れていこうとする彼女が気に障ったか、男は思いの外俊敏な動きでナマエの細い手首をむんずと鷲掴みにした。
 ナマエの豊かな胸の奥にある心臓が、鮮明な悪夢のように根付いた恐怖にばくんと喘ぐ。

「ら……乱暴はおよしになって。ね、放してくださいな……」
「謙遜も過ぎれば醜女には痛い皮肉だろ、女将! そうは言うがよ、お前さんだってまだ随分若いし、なにより器量よしじゃねえか」
「ほ、ほほほ……、まあ、嬉しいですわ。あの、手を……」
「どうだ? 大将が死んじまってからこっち、夜のほうは? あんただって、疼いて仕方ないんじゃねえのかい?」
「っひ……!」

 瞬間、男の毛むくじゃらの手が仕事着の小紋の上から無遠慮に彼女の尻肉を揉みしだき、ナマエは総毛立つ。反射的に無頼漢を引っ叩こうとした腕にはほとんど力が入らなかった。結局よろけるように男の肩に手をついたナマエをいいことに、獣は彼女を抱くように引き寄せ、その股間へと顔を埋めた。
 生温かい吐息が股へじんわり染みて、彼女はさあっと青褪める。

「ひいっ! いや、いやあっ! よ、よして! ね! 今なら、今なら誰にも言いやしませんから! は、放して……!」
「ははは! イイ女はそうやって頭を振るさまも色っぺえな!」

 恐怖で震える身体に、まともに抗う力などあるはずもなく。ただ肩口に添えられるばかりの手の甲をねっとり撫でて、男が嗤う。

「嫌と言うわりにゃあ力が入ってないようじゃねえか。やっぱり魔羅が恋しいんだろ? 俺が慰めてやるからよう、そう暴れるなって」

 これは暴力だ。殺人でもあった。

 ――嗚呼、いっそのこと。

 弱々しく藻掻きながらも、今なお色褪せぬ夫を喪った虚しい悲しみと幾度にも渡って知己の客に裏切られ続けた遣る瀬無い憤りとが彼女の耳の後ろで観念を唱える。

 数多の男に事あるごとに嬲られ少しずつ尊厳を殺されていくくらいなら。
 このまま心身を磨り減らすように細々と生きていくぐらいなら。
 いっそのこと――、「年増の使い古しでも」と求めてくれるうちの一方だけに貰われたほうがまだ楽になれるのではないのかと。
 無力感と、堪えようのない虚無。
 抵抗をやめて、裾を捌かれても最早声ひとつあげないナマエに男は厭らしく笑みを溢し、彼女を手荒く座敷へ引き倒した。

「あうッ……!」

 畳に半ば叩きつけるようにされて、ナマエは引き絞るように悲鳴混じりの吐息を漏らす。
 すっかり肌蹴られて大きく開かれた股にでっぷりとした腹をぐりぐり押しつけられて、言い知れぬ不快感が彼女を襲う。けれども、ナマエにはもうなにもできなかった。目蓋を固く閉ざし、ただ時が早く過ぎ去ることを祈るだけだった。
 引き千切らんばかりの力で白く滑らかな胸元を露わにされ、首筋を這う年老いた蛞蝓がごとき舌肉にナマエは身を強張らせる。
 だがしかし、そこへ闖入者が振って沸いた。

「なんだ、この宿は旅客の出迎えもなしかと思ったが、」

 張りのある若々しい一声が喝と鳴る。それに疑念を抱くよりも先に轟音と共に穢れた熱を宿した重石が取り払われ、ナマエははっと目を見開いた。

「――単なる営業妨害か。すいません、女将さん。あんたの宿に謂れのねぇケチをつけるとこだった」

 後頭部で短く刈り上げられた髪は燃え盛る火の星を宿した黄金色。瞳はまるでそんな星の欠片が木の葉に弾かれ落ちる光輝のようで。まるで、夏の木漏れ日のごとき青年がそこにはいた。
 息をも忘れる衝撃の最中、彼のごつごつと逞しい手に助け起こされ、初めてナマエは状況を理解した。
 頭部に大きな瘤を拵え、日焼けした畳の上で大の字に伸びきった男の姿。ナマエは、この青年に貞操を守られたのだ。

「そいじゃ、女将さん。俺はちょいとばかし表へ出て、この生ごみを処分してきますんで、」

 身体つきこそがっしりとして体格がよいが、歳の頃と言えばまだ若芽と称すが相応しく見える。青々しい、短く柔らかな髭を仄かに忍ばせた顎を親指の腹で擦りながら気絶した中年男の首根っこを掴み、さりげなくナマエから視線を外した青年が言う。

「あ……! は、はい、なんでしょ……」

 彼の意図を察して、その間に合せ目を手繰り寄せて肢体を包み隠したナマエは彼の背中に応えた。

「手間のかからねぇ簡単なもんでいいんで、なにか食事の用意を頼まれてくれるとありがたい。なんせ一昼夜歩き通しで、腹が空いてるもんでね」
「まあ、簡単なものだなんて……。助けていただいたんですもの、きちんと精のつくもの、お出しいたしますよ」
「……いや、そうしっかりしたもんを出されると、かえって困っちまいます。情けない話、手持ちがあまり……」

 ナマエはその言葉を聞いて、ついまじまじと決まりが悪そうな彼の背中を見つめてしまう。
 青年の纏う外套は砂埃で煤けてすっかり白茶けたようになっていて、その端は毟り取ったように千切れたまま繕われた気配はない。その内側に隠された上着や下穿きもよく見れば襤褸布同然で、上を覆う革鎧がどうにか形を保っているからそれらしく見えるだけで、なんともみすぼらしい風体だった。

「……それじゃあ、なおさらですわ。お代は結構、でき得る限りのものをご用意しますから、たんと食べていかれて」
「――本当か! 恩に着る!」

 ナマエの言葉に青年は嬉しげに振り返って、また慌てたように前を向いた。



 そうして三か月ほどの時が経ったが、彼――エルガー青年はまだ〝なごみ〟に滞在していた。
 傭兵稼業で身を立てようという若き力自慢など掃いて捨てるほどいるのだ。、まだまだ知名度の低いエルガーが満足のいく収入を得ることは難しいようで、それならとナマエは彼に食事や寝泊まりの世話をする代わりに宿の力仕事を賄ってはくれないかと提案したのだった。その言葉にエルガーは喜んで「こちらこそ是非に」と頷いた。
 いつしか美しき手弱女が営む温泉宿には気性の荒い用心棒が居着きだしたようだという噂が麓から降った町にまで行きつき、ナマエの元をよからぬ輩が訪れる機会はうんと減った。あの忌まわしい林檎腹の中年男も、聞くところによるとなにかから逃げるように町を発って以降行方知れずになっているとかいないとか。
 本音を言うとナマエが彼に最も期待した働きはこの用心棒まがいの仕事だったのだが、彼女の想像以上にエルガー青年は勤勉な働き者で、そして本当に気持ちのいい好人物だった。
 山の知恵は教えてやればやるほどにぐんぐん吸収するし、頼んだ仕事は本業の傍らながら少しもしないうちに片付けてしまう。それでいてけろっとした顔で「他にもなにかできることがあれば任せてくれ」などといい、暇を見てはナマエの話し相手も努めてくれる。
 夫の死後、先行きの不安と寂寞に苛まれて人の温もりに飢えていたナマエにとって、エルガーの存在がどんなに心を慰めたかは言うまでもなかった。
 そして彼女は、年甲斐もなく彼に対して情を抱いてしまった。それはかつて、今は亡き夫に向けた心と同じ――紛れもない恋心だった。



 辺りは霞み込み、肌寒い夜のこと。糸のような三日月に棚雲がかかり、ただでさえ暗い夜に漆黒を継ぎ足す、深夜。重圧さえあるような静寂が、畳敷きの和室にただふたりきり折り重なって寝そべる男と女をひしと抱く。
 誓って、これは故意のことではなかった。

 ある日、私室からとうとう夫の私物を取り除き灰に還してやる決意を固めたナマエは客のない夜を見計らい、いつものようにエルガーを呼び寄せて荷物の整理を手伝ってくれるよう頼んだ。宿の経営にはなんら関わりのない雑事ではあったものの、気のよいエルガーはそれを快諾してくれて、ふたりで作業に取り掛かった。
 明らかに男物の古びた半纏や萎びた敷布団などを目の当たりにしてエルガーは少し思うところがあったようだが、彼女がなにも言わないならと自身も敢えて口出しはすまいとしてくれたらしく、他愛もない歓談を交えて着々と遺品の整理は進んだ。
 事が起こったのは、エルガーがほんの一瞬席を外した際に、ナマエが椅子を台代わりに棚から荷を降ろそうとしたとき。ふと立ち眩みを覚えて重心を崩した彼女は、椅子ごと引っ繰り返ってしまったのだった。寸でのところで戻ってきたエルガーに抱き寄せられて彼の分厚い肉体を下敷きに畳へ落ちたナマエは、心臓が先までの驚愕と恐怖と、それからひと匙の高揚にばくばく鳴るのを感じていた。
 薄い浴衣越しに敷いた若い男の身体は熱がこもっている。それはなにも彼がこの状況に興奮を覚えているといったような理由からではなく、若さゆえの新陳代謝による健全な反応だったわけだが、そうとわかっていてナマエはその熱に淫らな思いを弾けさせてそっと身体を擦り寄せてしまった。
 彼女は、なんとなく日々のやり取りからエルガーにこの慕情を知られているのではないかという確信を抱いていた。その上で、優しい彼は例え心がなくとも己を受け入れてくれるのではないかと思った。

 そうやって覗いたエルガーの緑の瞳が見る見る冷めきっていったのを、きっとナマエは生涯忘れ得ない。
 エルガーは、ナマエを軽蔑していた。
 はっと我に返って身体を離そうとするも、今度はエルガーが彼女を放さない。

「……ああ、まあ、女将さんには世話になってるからな。あんたを喜ばせてやることぐらい、わけねぇよ」

 逆転するように易々と押し倒され、難なく合せ目を開かれる。
 ぷるんっ♡と転び出た彼女のたわわに実った白い乳房を大きな手で柔く包み込むエルガーの所作には、どことなく慣れがあった。厳めしくも見目は悪くなく、身体つきもよい青年だ。女の肌を暴くのは初めてではなかったのだろう。
 どこか投げやり。けれど、性感を与え昇りつめさせる正確な手と腰つき。年増と雖も夫とのたった数年いくらの短い夜と知人との合意のない性交ひとつ以外を知らぬ女の身にはひと堪りもない。年長の意地でどうにか全ての理性を吹き飛ばしてしまうようなことはなかったが、それでもナマエは盛大に寝乱れた。浅ましいまでに。

「は、ああっ♡ え、エルガーくんのおちんぽ♡おっきい……♡」

 長く雄を遠ざけ秘め続けた無防備な膣は、恋焦がれる男に犯される淫楽に浸りきって激しく蠢いている。ナマエは結い纏めた髪を大いに乱しながら、エルガーの逞しい首筋にかぶりついた。

「あんっ♡ す、すきっ♡すきっ♡ すきよ♡エルガーくんっ♡♡ あああんっ……♡♡」
「っ、くぅ……!♡」
「あっ♡あっ♡ おねがい♡ もっと突いて♡ あたくしのおまんこ♡♡もっとめちゃくちゃにしてえっ♡♡」

 大きくて、太くて、硬くて、熱くて。ナマエの泣きどころを的確に貫く若き肉の杭。
 淫蕩の灯る熱に瞳を潤ませて、ナマエは青年の背を掻き抱いて何度も愛を囁く。そうして筋肉の詰まった太い腰にもっちりとした脚を絡ませ、浅く焼けて瑞々しい張りのある尻に白い足の裏や脹脛を擦りつけた。
 女の盛りを迎えた熟れた肉、その下半身が蛇のように燻り身悶える痴態は、さしものエルガー青年の情欲をも昂らせる。
 白い媚肉に叩きつける腰の動きが徐々に激しさを増していく。海のように濡れてぬかるんだ膣壺は雌の本能で鋭敏に精の気配を感じ取り、増して淫靡にうねり出す。

「――ぢゅっ♡ ぢゅぞぞぞぞッ♡♡」
「ひ、ぁああッ!?♡♡」

 不意に、濁った音が立つほど強く左の乳房に吸いつかれ、ナマエは汗の浮いた細い首を逸らして大きく喘いだ。空いた右胸はそのまま放ったらかしにしてもらえるということもなく、猛禽類が哀れな獲物を捕らえるのにも似た手つきで激しく形を変えられる。
 ぐにぐにと肉を揉むざらついた手のひらの中で固くそそり立った敏感な乳首はころころと捏ね繰り回され、彼女は視界が明滅するような底なしの快楽の渦中へと引き摺り込まれた。

「あッ、は♡♡ え、エルガーくんっ♡ お、おむね♡あたくしのおっぱい♡ そんなに乱暴にしたら♡あたくし、もうだめえっ♡♡♡♡」

 媚びるように溢した「だめ♡」のひと声が言葉通りの意味でなく、ただ男の劣情を煽るためだけの鳴き声に過ぎなかったことをナマエは自覚していた。
 建前であるということを隠しもせずに胸の中にひしと抱え込んだエルガーの頭、その短い金髪が肘窩をちくちくと刺す感触が愛おしい。ぢゅっぱ♡ぢゅっぱ♡と絶え間なく胸を吸い上げられるたびに喜びが留処もなく溢れ出す。

「あ、あ♡♡やんっ♡♡ だめ♡だめ♡ イく♡イくっ♡ イっ……――♡♡」
「ぐっ……♡ ぬ、ぅうッ……!♡」
「は、あぁんっ!♡♡♡♡」

 血管の浮いた逞しい太腿、力のこもってへこんだ尻臀。そこから繰り出された渾身のひと突きにとうとうナマエは甘美な絶頂を迎えた。エルガーはぎゅ!♡と締まった膣肉から素早く陰茎を抜き去り、筋肉のない柔らかな腹の上に煮え滾った白濁液をどぷどぷと吐き出す。
 そして、淫猥な温熱の中にどこか冷めた空気を内包した歪な行為は終わりを迎えた。
 肉棒を失い、交わりの余韻に膣をひくひくと甘ったるく痙攣させながら、ナマエは重怠い首を仰向けてエルガーを見上げる。エルガーの太い金色の眉毛の間にはくっきりと深い皺が刻まれ、まるで討つべき敵と相対したような険しい面持ちでいる。
 だがその険のある表情は瞬時に一変した。ナマエの瓜実顔を、大粒の涙が次から次へところころ転がり落ちたからだ。

「……ごめんなさい、エルガーくん」

 大粒の雫が、頻りに湿気のこもった畳を叩く。真っ先にナマエの口から飛び出したものは、謝罪だった。

「エルガーくんみたいに若くて素敵な男の子に、こんな、……こんなみっともないおばさんの相手なんてさせて、ごめんなさいね……」

 恥があった。惨めさがあった。それでいて慕う男に抱かれた悦びがあった。相反する心に滲み出す情けなさ。ナマエは自身の卑劣さにすっかり恥じ入って、涙が止まらなかった。
 愕然としていたエルガーは、ナマエがさめざめ泣きながら幾度も謝罪を重ねるたびに狼狽え、やがて分厚い手のひらで彼女の剥き出しの丸い肩をそっと包んだ。

「――……。み、っともなくなんか、ねぇよ。女将さん……あんた、若くて、別嬪だよ」

 嘘でも嬉しかった。ただの同情だとしても、そのひとことはこの期に及んでナマエの恋心を大いに騒めかせた。
 疲労に微睡み、意識が闇に落ちていく合間にも優しく膚を擦ってくれるエルガーの手のひらの感触がただただ嬉しい。

 ――やがて完全に目蓋が落ち、もう一度目を覚ましたときには、ナマエはなにごともなかったかのように夜着を着込んで布団の中にいた。
 随分高く昇っていた日に慌てて起き出すとエルガーの姿や荷は宿中のどこにもなく、向こう数日は持つであろうという量の薪だけが土間に積まれていた。

 エルガーは去っていってしまった。彼女の肚に残る熱だけが、彼と一夜を共にした証明だった。


――――
22/11/12