女将のひとりえっち


◎if


 遥か天空には雲が立ち籠め、月さえ昇ることを忘れて眠り込んでいる。密やかな冷気が思い出したように忍び寄っては満身をそっと撫ぜて彼女の白く柔らかな膚を粟立たせる、夜寒の頃。
 こんな夜には、かえって身体が火照って仕方がなかった。

 ――彼は。
 エルガーは、この身体にどんなふうに触れてくれていただろうか。

 目蓋を閉ざして、たった一度きりの交わりを思い返しながら。ただそれだけのことで潤みきった泥濘に、彼女は指を深く沈み込ませる。
 何度も辿った記憶はすでに朧気で霞がかっている。だけれど彼の熱を咥え込んだ歓喜だけは、この肚がはっきりと覚えていた。
 あのときも肌寒い夜だった。こんなふうに、忘れた頃になって掻巻の上から寒気が肌を突き抜けるような夜だった。
 胸を嬲る指が凍えている。痛いほどびんと膨れて勃ち上がって熱を持った乳頭が指の腹をじんわりと温める。
 淫猥な水音は高く鳴って、鼓膜を無遠慮に犯す。すでに三本もの指を飲み込んだ膣は苦しいと音を上げているけれど、それでどうやってあの大きなものを受け入れたのかと彼女は我がことながら不思議に思う。
 胸を荒々しく揉みしだいた手はもっと大きかったし、肌は荒れてかさついていて、なんだかそこかしこに引っかかるようだった。股の間を埋めた魔羅はこんな細い指なんかでは比べものにならないほど太く大きく、燃えるように熱かった。
 全身を覆い、そして暴く感触のなにもかもが愛おしくて堪らなかった。
 全ては最早、過去のものとなってしまったけれど。

「あ、――っあん♡ ふ、んん……っ♡」

 己の、鼻にかかった甘ったるい嬌声が耳に障る。浅ましい悦びの透けた醜い囀り。ただひとりきりで我が身を慰める醜態。
 彼が嫌ったのも、きっとこんな悍ましさであっただろうに。

「あっ♡あっ♡ や、ああっ……♡♡」

 肚の奥が疼く。全身に熟れた熱が渡って、閉ざした暗闇の視界にぱちぱちと閃光が弾ける。立てた膝ががくがくと震えている。
 直に、絶頂が目の前に姿を現す。

「――女将ってこーいうことすんだね。意外~♡」
「――あっ♡? あ♡ っひ、あ♡ ど、どうして♡ みないで♡ や、ああ――ッ……♡♡」

 かかるはずのない声に驚愕した身はそれでも快楽の渦中からは脱け出せない。彼女は哀れな悲鳴を上げながらも白い喉を反り上げて、いつの間にか私室に侵入を果たしていた男衆の青年の前で達してしまった。

「っは♡ あ、あ♡ なん、で♡ どうしてっ……♡」
「〝人が寝静まる頃を狙ってしっぽり済ませようと思ってたのに、どうして〟って?
 ひとり遊びなんてそんな水臭いことせんでも、あんたにひと声呼びつけでもしてもらえたんなら、俺ァなんでもしたげるのにさ。寂しいねえ」

 青年は場違いにも朗らかな笑みを浮かべている。彼女は言葉もなく、曝け出した肌を隠すことさえ思い至らずただ彼を見返すことしかできなかった。
 深い動揺と混乱に陥る彼女の姿に青年は一層笑みを深めると、淫露に濡れそぼれた手を取り上げ、そのまま躊躇いなく指先を口に含んだ。

「ん~~っちゅ♡ ――っはあ♡ すっげえ、どろっどろ♡」
「……お、お願い、出ていって……」
「このキレーな指をさあ、死んだ旦那のこと考えながら動かしてたのかい? それとも、操立てしてるとかっていう、例の野郎のことかね? マ、どちらでも俺は構やしないが」

 震える彼女が零した精いっぱいの懇願を、彼は聞きもしない。さも美味そうに赤い舌を執拗に這わせながら、青年は先までの痴態を辱める言葉を吐いて彼女を殊更に追い詰めた。
 愛液の代わりに今度は唾液で塗れた女の白い手を、青年は満足そうに眺めてから己の股座へと持っていく。

「……な、女将。ひとりでシてるとこ、もっと俺に見せてくれよ♡ そしたら俺も、ひとりで満足できるからさあ」

 青年が熱く息を吐きかけるように彼女へ言う。

 ――これは、脅しだ。

 自らの手の下で大きく膨れて存在を主張する男の象徴に、彼女は恐怖で震えた。青年の望みを撥ねのけたが最後、若い肉体の内で滾る欲望の行く先などわかりきっている。
 彼女は再び目蓋を閉ざして、唾液に濡れた手を恐る恐る自身の下腹部へと伸ばしていった。
 夜は、まだ長い。


――――
23/01/09