ずっと私は一人だった。
 朝がきて、(白い朝日が窓から差し込んでも)
 昼がきて、(無限大まで続く青空が照らしても)
 夜がきて、(立ち込める闇に碧の光が浮かんでも)
 そしてまた朝がやってきて、そんな正論を何十何百、あるいは何億遍と繰り返しても、私は一人だった。
 確かに私の周りにはたくさんの草や木や花があった。だから私は寂しくなんてなかった。けれども、それでも私は、確かに一人ぼっちだったのだ。
 ひとつのテーブルで食事を共にしてくれる、朝昼夜の挨拶を交わしてくれる、私に優しくしてくれる、「人」は、どこにもいなかったのだ。
 あの人に出会うまでは。
 どこから来たのかも分からない旅人さん。言葉が乱暴で汚くて、かと思ったら饒舌に語られる物語は心地よくて、小さな子供みたいに夢を見るのが得意な、本当にとっても優しい人。
 彼に出会えたこの気持ちを何と形容しよう、それを考えるのすら私には楽しい。彼と一言話すたびに心に何かが芽生える。ひとたび彼に触れればそれが大きく育つ。今では庭にだけでなくて、私の心にもきれいな花畑ができている。
 ずっと私は一人だった。でも今はそうじゃない。これからもそうじゃない。


 …そうだったら、よかったんだけどなあ。
 私は大切な人の全快を喜ぶこともできずに、最後の背中の絆創膏を剥がすのをただためらっていた。絶対に絶対に絶対にもう傷なんてないだろう皮膚の上に貼られたそれに触れただけで、沈黙して俯く。
「…………。」
 彼に疑問を与えてはいけなかったから、私は黙ったまま思い切ってそれを剥がした。やっぱり、傷は残っていない。完治している。彼は健康そのものだ。
 なのに私は泣きたかった。でも泣かなかった。だからその代わりに、傷なんてどこにもない背中のとある部分を消毒して、またそこに絆創膏を貼った。
 私は努めて明るい声で言った。
「あと少しですねね! 残るのは細かな傷だけ。でもそれが化膿してひどいものに繋がることもありえます。用心して、完全に治しましょう。」
「……ああ。よろしく頼む。」
 もう既にそんな小さなけがなど、彼の活動の妨げになりえるはずがなかった。だから彼が一言「行く」と言ってしまえば、私にはそれを止めることができないのだ。
 私はもういったい何度目になるか分からない文句を吐いて、それに対する彼の返事を聞いて、彼の背中を前にして、心底ほっとしていた。
 もう治療は十分だ、そう言われるのが怖かった。本来ならば喜ぶべきであるその報告は、私にとってはもはや死刑宣告に等しい。
 けれども彼はそうは言わなかった。彼が「頼む」と言う限り、たとい完治済みの身体でも、私はそれを治療するために彼に触れることができる。私はまだ彼をここに留めることができる。そのことが私には、この上なくうれしかった。
 そして私は安堵と共に、自分自身を嫌悪した。謝るのは彼にではない、もっと大きな何かにだ。
「(ごめんなさい、ごめんなさい……。私は罪深い子です。許してください、今だけは。)」
 ずっと一人でもがまんしてきたの。ずっと一人でも泣かなかったの。だから、一人じゃない、今だけは。せめて少しでも長くこの幸せをかみしめさせて。