多くも少なくもない人通りの中、ほとんど風景と同化してしまっているそれの中から抜け目無く、淡い桃色の頭巾を見つけることができたのは、やはり彼が女性好きの間男と噂されるゆえんであろう。
 頭巾を見つけて視線を下げて、同色の柔らかい素材のロングスカートを見とめるなり、カーティスは喜々として進むべき方向を変更して歩き始めた。
「モニカ!」
 女性の名前を呼ぶ。茶色のショートボブを揺らして女性が振り返り、その茶色の目にカーティスを確かに映した。
「久しぶりじゃないか。長らく会えない日が続いて、いつのまにか君は騎士団を抜けていたから、消息がつかめないで、気になっていたんだよ。」
「…………。」
 そこでカーティスは女性、モニカの様子があまり優れないことを知る。すぐに言葉を止めて話題の方向をも変えた。
「…もしかすると、俺のことが記憶されていない?俺だよ俺、北天騎士団のカーティス。初対面で君に鞄を顔に投げられた。」
「………よく存じております。」
 俯きがちに顔を伏せた彼女から為された返事。それを耳にし、続けて彼女自身の体調のことにも論を展開させようとしていたカーティスはそこで、はたと固まった。
 そして彼自身の記憶の中の少女、今彼の目の前に居る女性、モニカの昔を、目の前の現実と照合してみる。年月の経過による女性としての変化はともかくとして、それを差し引いても、今の彼女のこの態度は不自然に過ぎる。
 そのことにカーティスはすぐに気付いたが、その理由にもすぐに気が付いていた。なので彼はまた態度を改めてモニカに話しかけることを続けた。
「ずいぶんとよそよそしい態度をとってくれるじゃないか。それほどまでに俺という男は、君の記憶に印象を残すには力足りない人物だったかな。なんだか凄く悔しいよ。」
「…………。」
 モニカが沈黙を濃くする。それに勘付いて尚カーティスは、調子を変えずに会話、ほぼ一方的なものを続けた。
「どうせならこの態度だって、かつてのように、『気持ち悪いのよッ!』というキツイ言葉と可愛らしい声で罵倒してほしいものだけどね。またその鞄を投げつけてくれてもいい。」
「…………。」
 沈黙。カーティスの手がモニカの、大きなアイテム士の鞄を持つか細い手に触れる。
 カーティスはここでとびっきりの甘いほほえみで、必殺技をしかけた。
「久しい時を経て、懐かしの2人が再開を果たしたんだ。時間はあるかい?空白の時を埋めるための時間を、俺に君と過ごさせてはもらえないかな。」
 これはさすがにモニカに有効であった。先程から俯きがちになって沈黙しきりだった彼女はやはり俯いたままではあったが、確実にその周囲にまとう空気を変質させる。おそらく空耳ではあるだろうがどこかで「かちん」という何かが切れて何かがはまるような音がして、次の瞬間にはモニカのキツイ言葉と可愛らしい声とが飛んでいた。ちなみに鞄は彼女の肩にかけられたまま、ではあったが。
「――気持ち悪いのよこのナンパ男ッ!また鞄でも投げつけてあげましょうか!?」









「モニカは変わってないな。」
「そっちこそ。気を遣った私がばかみたい。」
「元気だったか?」
「ええ、とっても。」
「それはよかった。」
 結局あの後、「懐かしの再開」を果たした2人は喫茶店に連れ立って入った。ここはイグーロスではそれなりに身分のある、逆に言えばそれなり程度にしか身分のない中流階級の者がよく集まる場だった。しかしそのいわゆる「お手軽さ」が一種の親しみやすさのようなものを一部の階層の人間に抱かせ、イグーロス城下では一定の評判を呼んでいた。
 質素ながらもところどころ趣向をこらしたデザインの店内ではカーティスは少々浮いてしまったが、彼の向かいの席のモニカは非常に良く合致した。彼女は手元のカップを満たす飲料をスプーンで軽く掻き混ぜていた。俯きがちに伏せられた目は、それでも彼女の目の前の男性に対する呆れのようなものを滲ませている。
「貴方はどうなの?…まあ、尋ねるまでもないんでしょうけど…」
「ご想像どおり、元気にやっているよ。ある程度は話も聞くだろ?」
「ええ、ある程度どころじゃなく、ね。ザルバッグ隊の活躍の話はたくさん聞いたわ。そしてその隊員、カーティスの話も。」
「そいつは嬉しいな。評判というのは実に都合の良いプロバガンダだ。」
「…………。」
 得意げに話すカーティスをモニカは怪訝そうに見て、一言。
「やっぱり相変わらずね。」
 カーティスは先程に続いて、光栄だというふうに頷いた。
「時間が経っても俺は俺さ。もちろん君も、ね。」
「……ばかを装って気取ったことを言って、私を困惑させる。そういうところも相変わらずだわ。」
 カーティスはモニカを見る。モニカはその中に少しだけ悲しげな色を混ぜて、笑っていた。
「……俺は、変わらないよ。今も昔も変わらず、ザルバッグ隊長んところで働いてる。
  あ、そうだ、知ってるか?役職をもらったんだぜ、俺。」
「もちろん知ってるわ、北天騎士団特務部隊隊長さん。」
「もーう忙しくてやってらんねーの。何で俺が事務仕事なんかやらなきゃなんねーんだか…」
「私の知ってる貴方とは、ずいぶんかけ離れたイメージだわ。貴方のことだから、それでも、ちゃんと仕事をこなしちゃうとは思うけれど…」
「それは買いかぶり過ぎというものだよ。そうだ、モニカは?今どうしてるんだ?」
 カーティスはさも照れたように笑って見せ、一瞬だけの間を持ってから続けて次の話題へと会話を運んだ。それは実にスムーズな、いや、むしろあまりにも滑らか過ぎる話題の展開だった、彼の中の心情のけじめに比べれば。
 その巧妙さが幸いしてか、モニカは特に心にひっかかった様子もなく、暗に彼に促されるままに言葉を選んで、返事をした。
 表面上は。
「……あのね、カーティス。私――」
 言葉を発する彼女の思考の淵に蘇るのは、懐かしい思い出の数々。およそ10年程前、彼らがお互い(詳細に微々たる差はあれど)、一人の北天騎士団団員として彼らの戦場を駆けていた頃の話。








**








 カーティスの視界をフルに使って、アイテム士の鞄が重力に従って落下する。彼の視界が開けたとき、彼の目前には鞄を投げた直後の体勢のアイテム士の少女が立っており、それがカーティスとモニカの初対面の図であった。
「このナンパ男!人の友達をからかって…っ絶対に許さないんだからッ!」


 モニカからの呼び出しは、カーティスが騎士団の女性に貰った数多くのラブレターのうちのひとつであった。場所と時刻と「待っています」とだけ書かれた控えめな文章。ちょうどその頃男女の仲として付き合っていた女性に別れを言い渡されていたカーティスは、純粋に有頂天になって呼び出された場所に向かった。
 そしてそんな彼を迎えたのは、彼の期待していたような女性からの愛の告白ではなく、上記のキツイ言葉と顔面を直撃する鞄。ちなみにこのとき、鞄の中のポーションの瓶が絶妙な角度でカーティスの鼻に当たった。
 彼が激昂する少女の言葉を聞いた限りでは、モニカという名前の彼女は「カーティスに遊ばれた」友人の無念を晴らすためにラブレターを装ってカーティスを呼びだしたらしかった。そのときにはそのことが判った。
 ちなみにそのモニカの「友人」というのが、そのとき彼女の背後に隠れるようにして立っていた見習い戦士の少女、ニーナである。彼女は確かに当時、カーティスが男女として付き合わせて頂いていた女性であった。
 しかしカーティスは当然のごとく、ニーナに対して誠心誠意を尽くして接してきた。「遊んだ」つもりなど毛頭なかった。むしろ逆に、彼自身が彼女のほうから別れを言い渡されたくらいなのだ。
 それがいったいどうして、と、そのときは純粋にカーティスは疑問に思ったものだった。結局そのときは、さらに罵倒の言葉を散々浴びせかけられた後で、涙ながらにニーナがモニカを止めて、中途半端なままで場が締められてしまった。


 しかしそれからすぐに、カーティスは頻繁にモニカと会うようになった。実際同じ騎士団に所属し、同じ施設で寝食しているのだから、そうおかしなことではない。
 廊下ですれ違えば「このナンパ男!」、演習を共にすれば「この軟弱男!」、食堂でテーブルを同じくすれば「この卑怯者!」など、その他諸々言葉にし尽くせない程、当時のカーティスはモニカから罵倒の言葉を受けた。
 しばらくは取り付く島もなくただ好き勝手吐き捨てていくだけだったモニカだったが、そんな中でも、あるとき突然、会話をする機会が得られた。そのときにようやくカーティスは事の全容を知った。




「貴方、同じ隊所属の女の子と恋仲なんでしょう。」
「…………え?」
 さも真実を突いているかのように言われ、カーティスは本気で一瞬言葉を失った。
「知ってるのよ。宿舎内を行動しているときはいつも一緒で、食事をするときも、…あまつさえは、寝るときも一緒!廊下で手繋いで歩いているのも、女の子に食べさせてもらってるのも、夜遅くに一緒の部屋に入っていくのも見たんだから!」
「え、ええと、それは…」
 思い当たるフシがカーティスには多すぎたが問題はそこではなく、完全に全てを誤解されているようで、彼はつい焦ってしまった。しどろもどろになる。
 そしてモニカはとどめとばかりに彼を睨みつけて、高らかに言い放った。
「ほら、図星過ぎてぐうの音も出ない!」
「違うんだ!」
 何とかカーティスはそれだけ言った。そしてすぐに普段の彼自身を取り戻し、冷静に述べる。
「違うんだ。俺とクィン――君の言っている“女の子”とは、君の言うような関係なんかじゃない。」
「嘘言って!他にどう捉えろって言うの?」
「君は両親と手を繋ぐだろう。年下の兄弟に食べ物を食べさせてやるだろう。親しい友人と朝までベッドで語り明かすだろう。そういうことだ。」
「信じられないわ!貴方と彼女は親子でも兄妹でもない。それに、男女が同じ部屋で朝まで、なんて――他にどうやって解釈すれば――…」
 最後は言いづらそうに、モニカは怒りにだけでなく顔を紅潮させて語尾を濁した。
「ああ、確かに、俺は彼女の血縁ではない。でもだからこそ、その全ての関係となることができるんだ。」
「………不潔よ!」
 カーティスは冷静に事の全て、真実を話したが、しかしそれはモニカにはまた新たな誤解を芽生えさせたようであった。汚いものを前にして吐き捨てるように言われてしまい、カーティスの繊細な心は傷つく。
「誤解なんだ!」
「そうでなくても、彼女がいるのに他の女とそこまで親密に接するなんて――貴方のニーナへの気持ちは偽者だったんだわ!」
「それは違う。俺は彼女に対してどんなときでも真剣な気持ちを抱いていた。心から愛していた。」
「……口だけだったら、何とでも言えるわ。」
「ああ、だから俺はまずは口から愛を形にしてやる。俺はニーナを愛している。」
「じゃあ同じ隊の女の子……クィンさんのほうが遊びだったって言うの?」
 その言葉にはまた別の角度からのカーティスへの侮蔑が込められていた。カーティスは即座に答えた。
「それも違う。……これ言うとあいつ調子に乗るから、言わないでくれよ。俺はクィンのことも、心から、本気で、愛している。
 それからモニカ、君のこともだ。」
「!」
 瞬間のうちにモニカの顔はそれまでの状態など比べ物にならない程に真っ赤に茹で上がった。それをごまかすかのように彼女は両頬を手で押さえて顔を背けるが、既に遅い。
「俺は全ての女性に対して、真剣で、本気だ。モニカ、愛しているよ。」
「……!またそうやって…ッ!」
 モニカが苦し紛れに片手を挙げて振りかぶるが、結局それは苦しさを紛らわすだけで終わった。力なく手は降ろされ、モニカの視線も降ろされ、そして彼女はついと背中を向けて駆け出した。




 それからはモニカはカーティスのところに自らはやって来なくなった。カーティスはそれが何故なのかを測ることはできず、ただ疑問に首を捻るだけであった。
 彼女が必死に庇っていた、カーティスを敵視する理由となっていた友人、ニーナはニーナで彼女なりに道を見つけたようで、それまでに一体どんなことが彼女にあったのかはカーティスの知るところではないが、妙に吹っ切れた様子でカーティスのところへ一度会いに来てくれていた。
 様々な話をしたが、最終的にニーナは笑顔を作ってカーティスから離れ、別の男性と共に歩き出したのでカーティスはそれでよしと思うことにした。例えその笑顔が少々悲しげなものであっても、それが彼女の選んだ道なのだから。カーティスはニーナを応援することにした。

 モニカがとりあえずのところは静まり、カーティスの生活の中に起きた事件はうやむやなままに収束していくように思われた。カーティスには自分からモニカの元へ行くことは、許されていないような気がしていた。
 どことなく違和感を残しても、時間は経過する。カーティスは同隊所属のクィンに手を繋ぐことをせがまれたり無理やりスプーンを口に突っ込まれたり部屋に押しかけられて朝まで講義を聞かされたりしながら、騎士団員としての生活をそれなりには送っていた。
 そんな中だった。彼がモニカと久々に再会したのは。
 場所は戦場。ザルバッグ隊を主として複数の小隊が選出され、鴎国のとある一小隊を追っていた。




「………私の鞄、避けられたんじゃないの……」
「……ああ、まあ、確かに、俺だって仮にも軍人だからね。」
 カーティスはモニカに受け答えしながら、手は消毒液の瓶を開けて中身をコットンに染み込ませていた。その彼の手はぼろぼろで、顔には殴られた跡がある。
 そしてそれは彼の横のモニカも同様であった。
「なんで私のことなんか助け……きゃっ」
 モニカの鼻の頭をピンセットの先のコットンが襲う。カーティスはにっこりを笑顔を作って、かわいそうに男共に殴られてしまった彼女の顔の傷を消毒した。
「同じ騎士団所属の仲間だからね。協力するのは当然さ。」
「…………。」
 モニカは黙ってカーティスに治療される。
「それに、」
 カーティスは消毒液をしまい、絆創膏をモニカの鞄からひとつ取り出した。
「愛する女性が殴られているのを見過ごせる程、俺はにわかな“女性好き”じゃないんでね。」
 鼻の頭にぺたっと貼る。そしてカーティスは深緑の瞳でモニカをじっと見つめて、言った。
「愛する君が無事でよかったよ、モニカ。」
「う、う、う、うるさいっ!!」
 モニカは慌てた様子でカーティスの手を跳ね除けた。そして「自分でやるから!」と、鞄を彼の手からひったくる。
 しかし彼女が始めた手当ては自分自身の傷に対するものではなく、目の前の他人のものに、であった。
「……けがしてんじゃない……“色男”が、台無しよ。」
「君にそう言ってもらえるなんて、光栄だな。でも、傷ついた色男も中々味のあるものだろう?」
「…っ黙ってなさい!貴方のその口調が私は嫌いだって、何度も言ったでしょう!?」
 それからしばらくは黙々と手当てが続けられた。アイテム士であるモニカのそれは彼女自身の性質故か多少の荒っぽさはあったが、基本的には繊細で患者のことを第一にした気遣いの感じられる巧みなものであった。
「………おしまい。さあ、早く行くわよ。みんなに置いて行かれちゃう――」
 手当てが終わるとモニカは自分のことはおろそかにして、焦燥露わに立ち上がる。そして人の姿の見当たらない周囲を見回して溜息をついた。
 追って、カーティスも立ち上がる。
「そう焦ることはない。幸いチョコボには置いていかれずに済んだから、方角を間違えないように確実に後を追おう。」
 傍に立たせたチョコボの手綱を二、三度軽く引き、その黄色の毛を撫でてやる。気持ち良さそうに彼はクエと鳴いた。
 そうしてチョコボの様子を確かめてから、カーティスはモニカに振り返った。すると彼女の焦りはまだ尚解消されてはいないようではあったが、表面上は落ち着いた様子で毅然として立っていた。
 しかしカーティスが振り返った途端に、表情が心ともなげにふやけて、口が何か言葉を欲するように開く。
 そしてモニカは言おうとした。何の前触れも表には出さずに、ただ、彼女自身の中だけで勝手にけじめをつけて。
「……あ、あのね、カーティス――私、」








**








「私、結婚したのよ。」


 モニカが言うと、カーティスは目を丸くして彼女を見た。
 少女のあどけなさが跡形もなく消え、女性としての立ち振る舞いを身につけたモニカはすっかり大人びてカーティスの目には映った。
 表情も、当時のような、ただ感情を真っ直ぐに反映させたものでなくなっている。自らを繕うための笑顔には、底の見えない悲しみが隠されていた。
「…え?」
「結婚。五十年戦争が終わってまもなく、縁談がきたの。私が騎士団をやめたのはそのためよ。」
「そうだったのか……」
「この私が、よ。信じられる?お嫁さんだなんて。」
「……少し、現実味のない話ではあるな…」
「ほんとにそう言うことないじゃないっ!」
 カーティスが神妙に言うと、一瞬だけ当時のモニカの素顔が現れて、彼女はばんと机を叩いて立ち上がった。が、それはやはり一瞬だけのことで、すぐに恥ずかしそうに幾度か首を回して周囲を確認した後、すとんと腰を落とした。
「……嘘だよ。君は一人前のレディだ。」
 気恥ずかしそうに、照れたように、けれどもその様子は表面にはおくびも出さずにモニカがカーティスを見る。しかしすぐにその視線は力なく外れて、彼女はまた俯いた。
「…………今、君は幸せかい、モニカ。」
「…………。」
 モニカは俯いたままである。俯いたままではあったけれども、
「…………ええ。…私は……幸せよ。」
 言った。
「ええ、きっと幸せだわ。身分もそんなに高くない、騎士団でも単なる一小隊の隊員でしかなかった、中途半端な私が、それなりの家に迎えられたのだもの。…相手も、素敵な人よ。私はあの人の子を為して、家庭を築いて、それで、人並みの幸せは得ることができる。」
「そう。それならよかった。」
「……カーティスは?貴方には、そういう人、いないの?」
「俺かい?そうだな、俺にとっては、今目の前に居る、モニカ。君がそういう人だ。」
 その瞬間、モニカの中での時が止まった。彼女とカーティスの居るテーブルより外側の世界が突如として現実味のない別の世界となり、そしてその途端に、カーティスのしぐさ、一挙一動から目が離せなくなる。
 けれども、そんなモニカにとっての夢のような世界はすぐに終わりを迎えた。モニカははっと我に返った。
「……ば、ばかみたい。何言ってんのよ…」
 モニカは意図的に視線を外して言う。その頬が赤いのは隠し切れなかった。
 カーティスがほほえましげにそんな彼女を見つめている。相変わらず、感情の読み取れない目だ、とモニカは思った。
「…………。」
 ちらりとカーティスを見上げて、モニカはそう思った。
 そしてモニカは言おうとした。
「………あ、あのね、カーティス――私、」








**








 そうしてチョコボの様子を確かめると、カーティスはそんなモニカに向けて手を伸ばす。彼女が言葉を打ち消し、カーティスのその行動の意味を測りかねて戸惑っていると、彼はにっと笑って言葉を付け足した。
「お手をどうぞ、お姫様。」
 彼が、カーティスが、多くの女性に対して向けるような、整った表情で形作られる、隙のない優しげな笑み。カーティスはそれを、モニカに対して向けていた。

 モニカは彼にとっては騎士団に数多く居る女性のうちの一人に過ぎなかったのかもしれないが(たとえ本当に彼が一人ひとりの女性を本気で心から愛していたのだとしても)、モニカはずっとカーティスを知っていた。
 モニカがまだ単なる士官候補生でしかなかった頃、彼はベオルブ家次男の隊員募集に見事若年にして合格し、いち早く一流の階段を昇っていたのだ。同い年の少年の活躍を、モニカは知っていた。
 ニーナが、親友が彼に泣かされたと聞いて、モニカは憤慨すると共にえもいわれぬ悲しみを抱いたものだった。かねてより彼の女性に対する異様な振る舞いは何となく聞き知っていたが、まさかそれが自身の身近なところにやってくるものだとは思っていなかった。偶像に勝手に期待を裏切られた気になっていたのかもしれない。
 しかし偶像が壊れ現実がモニカの目の前に光臨しても、結局、今、モニカは、

 モニカは、今、自分が何を言おうとしていたかを振り返って、それはすぐになかったことにして、忘れて、カーティスの手を取ってチョコボに乗った。
 空は青く、どこまでも続いていきそうである。








**








「モニカ、そろそろ時間だ。出よう。」
「……あ、ええ、……そうね。」
 カーティスがテーブルの上の伝票をかきさらって立ち上がる。モニカは一瞬拍子抜けした様子で、けれどもその後に続いて立ち上がった。
 勘定は全てカーティスにされてしまい、モニカはなすすべもなくただその背中に続く。
 しばらく無言で歩いて、そしてT字路が2人の別れ路である。家まで送っていこうか、との誘いは、誤解されるとよくないから、という精一杯の皮肉で拒絶してやる。
「貴方忙しいんでしょう?それなのに今日は付き合ってくれて、ありがとう。」
 そして皮肉なことに、その余力をつぎ込んだ皮肉はモニカにある種の原動力を与えてくれていた。
 彼女は全力で笑顔を取り繕って、カーティスに向けて言ってやった。
「いいや、これは俺からの誘いだったから。礼を言うべきなのはこちらだ。ありがとう。」
「…………。」
 どういたしまして、と、口の中で呟く。
 そして互いに手を振って、互いに背を向けて別々の道を歩き出そうとする。ついとモニカが視線を背けた直後に、カーティスから名前を呼ばれた。
「モニカ。」
「何よ。」
 果てしなく長い一瞬のためらいの後、視線を戻すと、片手を挙げたままのカーティスがそこに。
「幸せになれなかったら、俺のところにすぐおいで。俺はいつでも北天騎士団にいるから。君の涙を受け止めることはできるから。」
「……ばか!」
 やり取りはそれだけで終わった。モニカは今度こそ呼び止められることはなく、呼び止めることもせず、きびすを返して歩き出す。
 彼女の視界に広がるのは地面だ。生気のない茶色。
「………!」
 だからモニカは顔を上げた。どこまでも続きそうな程青い空を長らく見つめることはせず、まっすぐに彼女の進むべき道を捉えて、そして自分の力で歩いた。