「ザルバッグ。」
「はい。」
「騎士団内で、おまえは士官として一小隊を指揮することとなる。おまえと同年代の前途有望な若者を集めておいた。最終確認をするのはおまえだ。よく考えて判断しなさい。」
 アカデミー卒業を間近に控えた冬。兄ダイスダーグの執務室に呼び出されたザルバッグは、兄よりとある書類を渡された。
 ダイスダーグの言葉どおり、曰く「前途有望な若者」の情報が記されている。しかしザルバッグにとっては、誰とも知れない者の名前やら年齢やらジョブやらがつらつらと書かれている時点で、それは単なる目が滑るだけの書類に過ぎなかった。
 1枚目から捲って、2、3、……「魔道士」のクィンだかグラウスだかが出てきた辺りで、ザルバッグはその書類をまとめてダイスダーグにつき返した。
「なんだ、その者では不満か。ならばまた別の人間を集めるが。」
「兄上。私に考えがあります。」
「言ってみなさい。」
「私が率いる者は私が決めます。兄上、私にどうか機会を下さい。機会と場所と人さえ集めていただければ、その中から私が私自身で、『ベオルブ家次男』の部下となりうる者を選びましょう。」








 音の足りない闇の中に、うっすらと背の高い木々の影が感じられる。それでもはっきりと視認することができるのは3人の姿。
 騎士とアカデミー生と魔道士。誰の名前も、ザルバッグは知らなかった。
「この場に残されたのは4人。正に、この場に居る私達だけ、ということになります。」
「厄介ですね……。夜の森は非常に危険だ。うかつに動くこともできない。」
「ハッ。こりゃー驚くくらいのお坊ちゃんだ。動くことができない? だったらずっとこの森に残ってろ。」
「何だと!? 君はいったい、誰の責任でこんなことになったと思っているのだ!」
「俺さ。これは俺の問題だった。
 だが、チョコボから落ちた俺らを見捨てなかったのはアンタらだ。違うか?」
「争うのはやめましょう。今はこの4人で協力し、行動するしかありません。」
「……そのとおりだな。すまなかった。初めての事態に、頭に血がのぼっていたようだ……」
「全く、いい迷惑だぜ。言っとくけど俺は本来なら、ヤローと協力するなんざ、まっぴらごめんなんだからな。どうせだったらアンタ以外のこの2人だけと夜の森を歩きたかった………って、今はこれ以上はやめとくが。」
「差し出がましくも言わせて頂きますが、これから協力をするにあたって、私達をまとめるリーダーというものは必要です。」
「それならもちろん、貴女のような知的で美しい女性が……」
「ありがとう。しかし今は、私よりも適役がいらっしゃるでしょう。」
(金髪の女性がザルバッグに目を向ける)
(ザルバッグは事態を飲み込めない様子で表情を険しくする)
「……?」
「ご冗談を。私達が貴方を知らないとお思いで? ザルバッグ・ベオルブ殿。」
「げっ、こいつが!?」
「…………。」
(エバンナと名乗る女性の進行により、その場の「リーダー」はザルバッグに決定する)
(ようやく事態も始まりつつあるとき、カーティスと名乗る少年がザルバッグに目を向ける)
(その場に居る最後の一人、一言クィンとだけ名乗る魔道士の少女は、始終黙りとおしである)
「ひとつアンタに言いたいことがある。
 本来俺達アカデミー生の参加のみで執り行われるはずだったこの演習を、外部からの参加も募る、とんでもなく大規模なイベントにしたのは、アンタなんだな?」
「………ああ。私が兄上に依頼をし、人々を集めてもらった。」
「なるほど、それでアンタはその中から好きな人間を選んで味方にするってワケか。
 おかげでこっちはとんだとばっちり食っちまったぜ。この落とし前、どうつけてくれる。」
「………カーティスさん。この場でのいさかいは無用です。彼に言いたいことがあるならこの場を脱してからにして頂けるかしら。」
「いや、いい。黙っていてくれ、エバンナ殿。
 お言葉だが、カーティス殿。貴公の言うことはもっともだが、ならばなぜ貴公はこの演習に参加した? 選択権はそちらにあったはずだ。直前まで情報を持っていなかったにしろ、私の参加があると知った時点で辞退すればよかっただけの話だ。私にばかり責任を追及する根拠を説明してはくれないだろうか。」
「………けっ。これだから金持ちのお坊ちゃんは! お話になんねーな。」
「何だと…!?」
「俺は元々こんなイベント事に参加する予定なんざなかったんだよ。それをあの、ハゲた教官が……あ、これ他言すんなよ俺の進級が危ういから。教官殿が、勝手に名簿に名前を書いてくださりやがって! 俺を厚生させるためだとか何とか言って、そんなんで直る気性の悪さなら、とっくの昔に直ってるっつーの!
 それだけでもかったるいことこの上ねーのに、何とその実態は、ベオルブ家次男の部下探し? おまけに仲間とはぐれて夜の森に取り残されるわ、道連れがアンタみたいなくそまじめなお坊ちゃんだわ、やってらんねーよ。あー腹減った。」
「…………き、貴公は、いったい何を言って…?」
「あー、そういうの、ナシにしようや。『貴公』とか『殿』とかいうの。疲れる。」
「…………。」
 ザルバッグが意味が分からないままに黙り込むと、カーティスは片手を気だるそうに振って目をそらして会話を打ち切ってしまった。
(疑問や確執に関わらず時間は進み、それと共に彼らも足を進めなければならない)
(歩く道すがら、ザルバッグがエバンナに尋ねる)
「いったいあの、カーティスという少年は、何を意図してあのような発言をするのだ……?」
「ザルバッグ殿。考えるだけ無駄だと思いますわ。まだ彼とは会って時間が浅いのですもの。」
「そういう貴方は、ずいぶんと彼のことを理解しているように思われるが…。」
「あら、そうでしょうか。でもそれは、単に私が一般論に当てはめて彼を見ているに過ぎないでしょう。」
「ではその『一般論』というものを教えてはもらえないか?」
 ザルバッグが今一歩踏み込み、再度の問いかけを投げると、エバンナは青色の双眸を細め、考えるような素振りを見せてから、答えを口にした。
「…そうですね。貴方がいわゆる『真面目』な性質であるのに対して、彼が『不真面目』であるということです。彼の発言にいちいち気を煩わしていては、今の貴方では日が暮れてしまうでしょう。
 今重要なことはそれではありません。」
「……ああ、そうだな。4人で力を合わせ、カリランドへの帰還を果たそう。」




「げっ、マジで? うそ? この俺が? ってことは、もうハゲの教官に怒られなくても済むってこと?」
 後に、『ベオルブ家次男騒動』と呼ばれることになる、ザルバッグ・ベオルブ含む4人の者がスウィージの森で遭難しかけた事故から数日経った頃、ザルバッグは当時の3人を自身の元へ呼び寄せた。
 最年少のカーティスは当時から変わらず、どこかひょうひょうとした軽い態度である。仮にもここは北天騎士団本部、正式な場であるというのに、だ。肝が据わっているのかそれとも常識を知らないだけなのか、もしくは両方か、何にせよザルバッグには彼の内心がいまいちよく分からなかった。
 分からないのは相変わらずではあったが、ひとつ彼にも森で学習したことがある。彼にはこのような態度をとっても構わない。ザルバッグは声を荒げて彼を怒鳴りつけた。
「こら、カーティス! 余計な私語は慎め!」
「あー、はいはい。…参ったな、ってことは、これからは代わりに、ザルバッグ・ベオルブ殿に叱られるってことか……状況悪化してんじゃねーか。」
「お前達を呼び出したのは、先に伝えたとおりだ。先日のスウィージの森で共に力を合わせたお前達3人を、この度北天騎士団でオレが率いる小隊に引き入れたいと思ったからだ。」
「エバンナさんとー、クィンちゃんとー、俺と、アンタか……」
「だから私語は慎めと言っておるだろう! 全く、静粛に手続きを執り行いたいと思っているのに……」
「それは、彼を呼び出した時点で最初から無理だったのでは? 貴方も既に分かっていらっしゃることでしょう、ザルバッグ隊長。」
「…む、そうだな。悔しいことではあるが、確かに……」
「俺としたら、口うるさいアンタよりも、真面目すぎて純真無垢なアンタのほうが楽だったのにな。あーあ、あの森での道中が、アンタにいったいどれだけの変化を与えちまったのか…」
「静かにしろ、カーティス! それから、これからはオレのことは『隊長』と呼ぶようにしなさい。」
「へいへい、了解であります、隊長ー。」
「オレの補佐となる者、副隊長はエバンナに任せる。いいな?」
「よろしくお願い致します。」
「了解であります、副隊長殿!」
「それでは書類に事項を記入してくれ。……クィンも。いいな?」
(沈黙しきりのクィンが慌てるように顔をあげ、頬を真っ赤に染めて頷く)
「あっ、はいっ、よろしくおねがい致します隊長!」




「今の連携は中々だったな! けっこうイケてるんじゃねーか? 俺ら。」
「クィンのケアルジャは絶妙なタイミングだったわね。」
「えっへへー。でしょでしょ? でもそれは、みんながわたしを守ってくれるからなのだ! わたしは安心して詠唱することができる!」
「前衛後衛のバランスが取れているということなんだな。全くおまえは、小さな身体でよくやってくれる。」
「でもなー、俺みんなのこと見てるけど、それだけじゃないと思うぜ。何て言うの? 色んな点において、何もかもがぴったり。」
「ほう。おまえも、言うようになったな。」
「何ならもうちょっと言ってやりますよ。俺自身も戦ってて凄くやりやすい。ここだって思ったときに連携やら補助やら入ってくれるんですもの。」
「ふふ、全く、そのとおりだわ。個々の実力が良いだけではなくて、お互いがお互いを良くし合っているのよ。」
「だよね、だよね! わたしこの隊がだーいすきっ!」
「こら、あまり大声を出すなクィン。恥ずかしいだろう……」
「ははっ、いいなあ。俺も久々の快勝で気分が乗ってるみたいだ。俺も、この隊が好きだぜ。」
「カーティスまで………。そんなこと、この場に居る誰もが分かっていることだろう。」
「……ふふふっ。全く、そのとおりだわ。」




 短く刈り上げた茶色の髪、同色の瞳。いかにも健康そうに色づいた肌。10代半ば程の彼は普段は明るい前向きな笑顔が描かれているのだろう顔を、今は緊張の一色に染めていた。
 そんな彼を連れて来たカーティスが、信用していない目を彼に向ける。その目を今度はザルバッグに向けて、尋ねた。
「で、こいつがその入隊希望者だって?」
「ああ。名前はウィリー、姓は……今は、関係がないな。控えておこう。」
「ふーん……すげー緊張してんのな、お前。」
「か、からかわないでくださいっ! 僕は本気です、本気で、ザルバッグ隊に入りたいんです!」
「ウィリー殿。貴公のことはよく知っている。来期からは騎士団で小隊を持つことが決まっているとか。」
「はい。ですが僕は、用意されたレールの上を歩いていてはならないと思うんです。それでは、より高みに上ることはできないと。だから僕は、北天騎士団内でも実力者の集まりと名高い、このザルバッグ隊に入隊し、自身の限界を目指したいんです!」
「へえー。そりゃ高尚なこったな。」
「カーティスお前は黙っていろ。」
(真面目に話すウィリーに不真面目に話すカーティスが被さる)
(ザルバッグは非難するような目を彼に向け、またウィリーを見て話し始める)
「ウィリー殿、我々が普段から隊員を募集していないことなどは、当然承知であろうな?」
「もちろんです。その上でこの場に立っています。」
「何かが引っかかるのだよ。貴公は非常に真面目で、アカデミーでも決まりを守り、言いつけに逆らうことなどしたことがない、従順な生徒であると聞く。それがなぜ、隊員募集などしていないときに、事前の申請もなしに我々の元へ来ているのか。」
「そ、それは、ですから、ザルバッグ隊に是が非でも入隊したいと……」
「その理由が気になる。まるでとってつけたような、素晴らしい教訓めいた理由が、真のものであるのか。」
「…………。」
「言ってみなさい。本当は、違う理由があるのだろう? 貴公が是非この隊に入りたいと思うその理由が。」
「……はい。やっぱり、ザルバッグ隊長は凄い人ですね。すっかり見抜かれてしまった。僕はずっと、そんな貴方に憧れてきたんです。昔、戦場で、貴方に命を救って頂いてから――」




 今度はウィリーを引っ張ってきたのはザルバッグ隊の魔道士クィンだった。小さな身体でウィリーの手を引き、ザルバッグの前に紹介するように押し出す。そして半ば興奮した表情が口を開いた。
「弓だよ、弓っ!」
「……は?」
「弓使いになるの、この子がっ! ザルバッグ隊の射手!」
「何を突然言い出すかと、思えば……。そんなことか。」
「そんなことか、じゃなーいっ! これは名案だよっ! わたしずっとおもってたの、ザルバッグ隊には後衛の役目が足りないって!」
「それはお前が居るから大丈夫だと言っていただろう。それに何だ、ずっと彼の入隊に反対していた者が、手の平返したように…」
「返さざるを得ない状況なんじゃん。
 だってね、凄いんだよ、彼の集中力! 魔法に向かってるときのわたしと良い勝負なくらいっ! これならわたしと並べて後衛にしたってだいじょーぶっ!」
「そんなにか?」
「うんうんうん! 矢だって、あーんなに遠い的なのに当たっちゃって! べこって刺さったの、べこって!」
「お前はどう思う?」
(ぺらぺらと熱く語るクィンをひとまず置き、ザルバッグはウィリーに尋ねる)
(ウィリーは隣のクィンとは違って、どこか暗い表情をしている)
「……いえ、僕はただ、剣が駄目なら…と思って、試していただけです。矢だって、的に当たっただけなんです。その程度で、戦闘中に、狙って撃つなんて、とてもじゃないけど…」
「じゃああなたはどうするのっ? このままずっとザルバッグ隊のお荷物でいるつもりっ? 練習すればいいじゃない、練習! きっとうまくなるよ!」
「そうだな。オレがお前を入隊させたのはな、ウィリー。手先の器用さ、アイテムやチョコボの扱いのうまさもあるが……何よりも、お前に熱意があったからなんだ。お前にその気があるのなら、今から弓に持ち替えても、お前はすぐに上達すると思う。」
「でしょでしょっ? ほらあー、やっぱりたいちょもそう言うよっ!」
(しばらくの間、沈黙が流れる)
(ウィリーが暗い面持ちのまま考え事をする)
(彼が顔を上げるとき、沈黙が切れる)
「……決めました。弓を持ちます。後ろから皆さんの補佐をします。」
「うむ。指導にはカーティスをつけよう。あいつは弓を撃たないが、弓の心得は十分にある。」
「これからがんばろーっ、弓使い君っ!」
「な、なんだそれ?」
「なにって弓使い君。弓使いだから、弓使い君だよ! これからよろしくね弓使い君!」
「あのなーっ! 僕にはちゃんと、ウィリーっていう名前が……」
「弓使い君、弓使い君! 立派な弓使いになろーねえーっ!」
(最初と同様にクィンがウィリーを引っ張って、部屋から出て行く)
「………なんだ、すっかり仲良しじゃないか。心配の必要はなかったな。」




「たいちょとふくたいちょが前衛のー、わたしと弓君が後衛のー、カーティスが何でも!」
「おいなんだその何でもってのは。俺だけ妙に適当じゃねーかよ。」
「だって何でもできるんじゃん。接近戦ももちろんおーけー、ないふを投げて遠距離攻撃も可能! 身軽な動作で動き回って、ぴょんぴょん跳ねて、戦場を縦横無尽に駆け回る! 騙まし討ちだってできちゃうよ!」
「……ああ、まあ、そうだな。俺は有能だからな!」
「隊員も増えて、一時はどうなることかと思ったけれど、何とか落ち着くことができてよかったわ。」
「それは元々、反対していたのがこいつだけだったからな……。こいつさえ丸くなれば全ては収まる。」
「ま、とは言っても、口だけじゃどーしようもないところもあるでしょーよ。それでもちゃんと連携取れてんのは、ひとえに俺らの優秀さと……」
「弓使い君の立派さのおかげだよねっ!」
「……なんだか、照れちゃうなあ。そんなにはっきり言われると…」
「あ、ちなみに俺はお前が優秀だとは言っていないからな。お前はまだまだあだ名負けしているぞ、弓使い君。」
「そ、そのあだ名で呼ばないでくださ、く、……くれよ、カーティスっ!」
「そうだよー、そう呼んでいいのはわたしだけなんだからっ!」
(騒ぐ3人を見て、エバンナが笑う)
「すっかり仲良くなっちゃって。認識だけじゃなくて、戦闘面でも私生活の面でも、文句のないほどに溶け込んでいるわ。」
「メンバーも増えて、これからもさらに活躍してゆけそうだな。」
(ザルバッグは全員に注意を向ける)
「みんな、今日も勝利で飾ろう!」
「おおーっ!」




 夜の色をした長髪が風に揺れる。それの血に汚れ傷んでいるのは、かわいそうにそれを手入れすることすらままならない彼女の生活の貧しさを物語っている。しかし最終的には、ザルバッグを射殺さんばかりに睨みつける同じ色の目が、まるで血に飢えた獣のような野生的な目が、全てを訴えていた。
「あなたね……ザルバッグ・ベオルブ…――父の、仇っ!」
「何だと? 貴様はオルダリーアの者か?」
「ハッ。やはり記憶にもないようね。私の姓はライトル、名はシェルディ。一士官であるあなたを守るため、私の父は命を落とした。当主を失ったライトル家は没落、おかげで今の私がここにいる。…あなたさえ、あなたさえ居なければ…っ!」
(シェルディと名乗る女性がザルバッグに刃を向ける)
(しかし所詮は戦いに慣れていない素人のもの、簡単に返されてしまう)
(ただ、彼女の腕は、素人という言葉で片付けるにはあまりにもか弱すぎる)
「殺せばいいでしょう、殺せば! 私の命もそう長くはもたない……死ぬことにためらいはないわ!」
「オレはお前を殺さない。オレが、ただヒステリーを起こしてオレを殺しに来ただけの女を殺せる程冷酷に見えるか。」
「ええ。自身が生き延びるために他者を犠牲にしても平気な程度には、ね。」
「馬鹿にするなッ!!」
「!」
「馬鹿にするな……他の者を犠牲にして、平気なはずがあるか。オレは、一晩とてお前の父を思い出さぬ日はなかった。オレの目の前で、炎に焼かれ、長く響いた彼の断末魔を……彼の肉の焦げる臭いを……忘れた日は、一日としてなかった!」
「…………。」
「オレは、お前を、殺さない。もうあんな思いはたくさんだ。」
「何をする気!? 私は戦士だ、私は戦いの中で死にたい。こんな病気で命を落とすだなんて…っ」
「勝手にここをお前の戦場に仕立て上げるな。迷惑だ。そしてここは、お前の死地でもない。」
「え……?」
「お前のそれは治る病気だ。お前の置かれていた環境が、どれだけ劣悪なものであったかは知らないが……清潔な環境で、適切な処置の下療養すれば、お前は必ず治る。」
「…う、嘘だ。私は、何年も、この病気で…」
「嘘はつかない。来い。お前の寿命を延ばしてやる。」
「だって……私は、ずっと、この日だけを思い描いて死に向かっていたのに…」
「選べ。このまま望まない病気で野垂れ死ぬか、本当の戦場で栄誉ある戦死を遂げるか。」
「…私は、……」




「また喧嘩したのか、お前達はっ!」
「先に手を出したのはこの子よ。」
「だってこの人が、魔法なんて弱いって言うから。」
「クィン! 彼女も立派なこの隊の隊員なんだ、変な敵対心を向けるな!」
「そんなことしてないですよーっだ! たいちょはわたしのことそんな子だと思ってるの!? ひどいひどいひどいっ!」
(ここでその場に立つカーティスが割り込むように発言する)
「ばーか。隊長はな、お前のことを信頼してんだよ。そうでもなきゃ他人に喧嘩ふっかけるなんてこたしない、物の道理を分かったヤツだってな。」
「そんな信頼いらない。それより信頼する相手を選んでほしい。」
「ならお前こそザルバッグ隊長を信頼すべきだな。俺らの隊長がそんなに目が悪いもんだと思ってんのか、お前は。」
「誰だって間違えるときはあるじゃん、その能力にかかわらず。」
「わっかんねーやつだなあ、お前も……」
「それはカーティスだって!」
「カーティス! クィンに油を注ぐな! 余計場がややこしくなるだろう……とにかく喧嘩は収まったんだから、クィンだけ連れて行ってくれ。」
「ええっ、やだー! 連れてかれるのはそっちっ、そっちのシェルディさんでしょっ!?」
「よし分かった。」
(ひとつ頷き、カーティスがクィンを小脇に抱えたまま空いた片側でシェルディを担ぎ上げる)
(いかにも余裕そうに動作を行うが、非力な彼にとってそれが大層難儀な重労働であることをザルバッグもクィンも知っている)
「え、ええっ? ちょっとあなたっ!」
「カーティス、何のつもりだ!」
「だからっ、なんでわたしもっ、連れてくのーっ!?」
「場が収まりゃいいんでしょーよ、場が。2人共連れていきます。出撃までには話つけときますから、これで文句はないでしょう。」
「話がつくならな! 任せてもいいんだな!?」
「もっちろん。」
「放しなさいよっ! 一人でも歩けるから!!」
「そこのシェルディさんっ、カーティスのこと攻撃しないでくれるぅ!? あなたってば放すと逃げるってわかってるから、放さないんだから!」
「うるさいわねっ、それはあなたも同じでしょう!? そんなふうに小脇に抱えられて!」
「何をう!? それはわたしが、ちいさいって、言いたいのかぁっ!」
「……あー、耳に響く……」




「やっぱりあれは、あのとき俺が敵地に乗り込んだからよかったんだよ! 何もかもがかく乱操作のおかげだな。」
「ええーっ、それよりも、先頭切って進んでいったたいちょでしょー?」
「隊長が何で心置きなく戦えたと思う? それは俺が、あっちの情報伝達回路をぶっちぎってやったおかげだ。でなかったら俺らみたいな少人数の部隊なんて、即座におじゃんよ、おじゃん。」
「またお前は、そんな低俗なことで勝負を……。誰がどれだけ、なんて、関係がないだろう。この勝利は我々ザルバッグ隊の勝利だ。」
「あーっ、それにしても、あのときのたいちょはかっこよかったー。思わずホーリーだってぶちかましたくなるってもんだね!」
「つーか、前衛3人が凄まじかったな。あの鬼のような形相! ばったばったとなぎ倒されていく敵たち! お前らは裏に居たから見えなかっただろうが……」
「僕の補助はいらなかったみたいだね。どんどん前のほうで陣形が崩されていっちゃったから。」
「そんなことないわよ。最後に敵将の降参を促したのは、あんたの射撃でしょ? あの距離からあそこに当てちゃうなんて、私びっくりしたわ。」
「貴方が後ろに控えていてくれると分かっていたからこそ、私達は安心して戦うことができたのよ。」
「ああ、そうだな。ウィリー、お前はすっかり立派な射手になって……。
 カーティスは自分の活躍に酔いしれているだけでは駄目だぞ。彼のように謙虚でなくては。」
「…………。」
(ザルバッグが発言をすると、一気にその場が静まり返り、特にカーティスが怪訝そうな目を彼に向ける)
「む、なんだその目は。何か文句でもあるのか?」
「いやあ、まさか高尚な隊長殿が、このような低俗な会話に加わってくるとは思わなくって……」
「またカーティスは、喧嘩を売るようなことを……」
「目の前で話されていては気になるだろう! 何ならさらに言ってやるぞ、今日のお前は正に詰めが甘かった。いったい何度お前の行動に肝を冷やされたことか!」
「げっ、また始まったよ……。はいはい分かってますから、そんなに騒がないでくださいよー!」
「そうよザルバッグ。反省会はまた別の機会でも…」
「そう言うシェルディ、お前にだってオレは言いたいことがあるんだ! お前は何ら構わんことだと言うのかもしれんが、……!」
「私にも飛び火っ!? あっ、ちょっと、カーティス! 逃げんじゃないわよ!」
「せいぜい及第点をつけられるのはエバンナくらいのものだ! みんな彼女を見習え!」
「それなら私からもひとつ言わせて頂きますが、隊長、本日の貴方の戦い方にも少々目に余る点が……」




「エバンナ、無事かッ?」
 無事ではないことなど、一目瞭然だ。身につけているものといえば薄汚れた布切れ一枚で、美しかった金髪は乱れ千切れ抜かれて目も当てられない。擦り傷や切り傷、痣や腫れ物などは数え切れない。誰がどのように見てもエバンナのその様子は「無事」などではなかった。しかしそれでもザルバッグにその質問をさせたのは、彼女のその青い目が、常時と変わらず、常時以上に、生きる力にみちみちて輝いているからだった。エバンナは小さな笑みを作った。
「ええ。この通り。」
「馬鹿者、すぐに動くな! ずいぶんと傷めているのだろう。」
「そうですね。ですが筋力は衰えていませんし、内部の治療は欠かしませんでしたから、残るのは単なる表面的な傷に過ぎません。見た目程消耗してはいませんよ。」
「またお前はそういうことを言って……。……確かに、お前のことだから、言葉通りな部分もあるのだろうが…」
「よく分かっていらっしゃるではありませんか。それでは戻りましょう。皆も心配しているでしょう。得た情報も、無駄にするわけにはゆきません。…ザルバッグ隊長?」
「…――だが、そうする必要はないのだ。」
「ザルバッグ隊長?」
「言葉通りにしなくてもいい。嘘はついてもいいんだ。確かに、お前が完璧だから、オレが不十分でもいいのかもしれない。だが、お互いが不十分でも、欠けた部分を補って、埋め合わせることは可能だろう。」
「ザルバッグ隊長?」
「そうだろう、エバンナ。つらかっただろう……?」
「……ザルバッグ隊長は、そのように言われて、私が素直に心情を暴露するとお思いなのですか?」
「暴露させる。言わせてみせる。オレはお前の上司で、お前はオレの命令に忠実だ。」
「……ええ、そうですね。」
「オレは、このままお前が戦線から離脱して――ザルバッグ隊が、欠けてしまうかと思った。オレ達は全員でザルバッグ隊なんだ。誰一人欠けてしまってもよくない。オレはお前が心配だった。仲間が苦しんでいると思うと、胸が締め付けられた。それなのに、お前は違ったのか?」
「そうですね、それなりには、怖いと感じましたね。戦線に復帰できないほど身体を痛めつけられてしまえば、それは私にとって耐え難い苦しみとなりますし……。何より、みんなに会えない日々が、とても苦しいものでした。」
「エバンナ……」
(ザルバッグの視界の外でエバンナの視線が揺らぐが、見ずともそれは彼に察することのできる現象である)
(エバンナもそれを知っていて、尚、声の調子を整えることはせずに言う)
「……助けに来て下さって……ありがとう、ございました。こうして、貴方の下に戻ることができて、ほんとうによかった。」
「……皆のところへ、戻ろう。元気な顔を早く見せてやれ。」
「はい。」







**








「どうかなさいましたか?」
 顔を上げると、美しい金髪の女性が立ってこちらを見ていた。青い双眸が穏やかに笑って、問いというよりは心配を投げかけてくる。
 疲れた顔をしてザルバッグは首を振った。どうもしてはいないが、思い出すことがあったとそのまま伝えた。
「少しな、昔を、思い出していたんだ……」
「まあ、懐かしい。私にも、その思い出していた昔を聞かせて頂けますか?」
「お前も当然知っていることばかりだぞ?」
「結構です。」
 北天騎士団団長ザルバッグ・ベオルブ付きの副官であるエバンナは、ザルバッグの向かいの椅子を引き、そこに腰を降ろした。自然な動作で目線が椅子から、テーブルから、ザルバッグに移る。
「聞かせて下さい。貴方の見てきた昔と、…ついでに、たった今貴方の体験してきたことを。」
 続いて発せられた言葉にザルバッグは目を丸くした。笑みの形に細められた青色はまるで全てを知っているようで、彼は情けない気持ちで苦笑した。
「何だ、本命はそちらではないか。どこまで知っている?」
「必要以上のことは存じておりません。ただ、ラムザ殿が貴方を、現戦力の撤収を求め訪れたことだけです。」
「……分かった、話す、話すよ。全く、お前には敵わんな。」
「それはお互い様です。私は貴方には頭が上がりませんもの。」
 少しの沈黙があって、ザルバッグとエバンナ、両者は目を見合わせて笑った。