「何やってるのよ。」
「ボウガンを探しているんだ。確かここにあったはずなんだが……」
「ふうん。」
 冷たく言ってシェルディは踵を返す。その常時以上の冷たさに違和感を覚えている暇はザルバッグにはなかった。
 自室のありとあらゆる所を探す。質問に答えたとおり、ザルバッグはここにあったはずのボウガンを探していた。
 しばらくすると、しばらく前と同様に扉が開いて閉まる音がする。しかし2回目の今度は人が入ってくるときのものだ。
 ザルバッグに質問したあと一度部屋を出ていたシェルディは、さほど時間を置かずに戻ってきた。ザルバッグは彼女を見やる。小さな予想どおり、その手には、今まさにザルバッグが捜し求めている武器が。
「これでしょ。」
 ザルバッグは頷きもおろそかに、シェルディの手からそれを受け取ろうとする。あまりに慣れ親しんだ動作、やりとりだ。
「ありが…」
「だめ。」
 しかしここでシェルディは手を引いた。渡してくれるものだろうと当然のように思っていたザルバッグは伸ばした手で空振りし、面食らった。
 見ると、シェルディは眉間に皺を寄せていた。けれどもそれは怒りをあらわにしてはいない、ただ何か頑丈な殻の中にしっかり閉じこめられてしまっている。
 シェルディは言った。
「私も一緒に連れて行って。」
 その言葉を、ザルバッグはほんのわずかの驚きと、それよりもよほど大きな納得をもって迎えた。彼の心をほとんど占めていたのは納得だったから、シェルディの反応をすぐに飲み込むことができる。
 そして思ったままを素直にそのまま口にした。
「はは、そうだな……おまえが、行かせてくれるはずがないか。」
 どこへ、とも言わない。それで会話が成立し、続けられる。
「何よ、分かったふうに…」
「分かるさ。
 誰も彼もに疑いを抱いて、お前は常に石を投げ続けたんだからな。
 オレごときの隠し事に、お前が気付かないはずがないんだ…」
 しかし、シェルディはその言葉でついに怒りをあらわにした。
「あなたってほんとう何も分かってない!」
 激昂する。
「ほんとうに、なにも分かってないわ……。私はね、みんなを疑ってるんじゃないの。ただ、心配なだけなの。私はみんなを信じてるわ。私が、
 私が疑うのは…」
 静かに、囁くように言う。
「あなただけよ、ザルバッグ。私があなたを信じたときはひとときもなかった。いつだって、私はあなたの首をねらっていたんだから…。」
 低く、唸るように言う。
「あなたを殺すのは、私よ。勝手な復讐心のために逝くなんて許さない。」
 冷たく、刺すように言う。
 話すシェルディの様子を見て、ザルバッグは思ったのだった。
「お前も嘘ばかりだな………今まさにお前がオレに向けているのが、心配だろう。」
 シェルディがぴくりと表情を強ばらせ、どころかひきつらせるのが分かったが、ザルバッグは態度を変えずに続けた。
「お前はオレを心配してくれているんだ。そうだろう?
 不思議だな、今はおまえの心が全部、手にとるように分かる。」
 シェルディは目つきを鋭くした。まるでいつでもザルバッグを刺し殺す準備ができているようだ。だが彼にはそれが、結局彼自身には向けられないのを残念ながら知っているのだった。
「お前はみんなを信じているんだ。もちろん、このオレをも。そして、心配しているんだ。このオレを。
 だが、分かった上で、オレは覚悟を変えない。」
「何よ、何よ……」
 シェルディの内包する刃がザルバッグに向けられることはない。だから、やはりこのときにしても、シェルディはすぐに鋭さに鈍さをにじませて、声を震わせて、感情を剥き出しにして何度も何度も呟くのだった。
 最終的にザルバッグに向かう部分の言葉も、彼を傷つけようとするわけではない。
「何よ、勝手に悟ったようなこと言って。何よ……一人で覚悟決めないでよ。何で一人で決めちゃうの。私が今まで、どれだけ迷ったと思ってるのよ。私達はみんなでザルバッグ隊でしょう。いいかげんにしてよ!」
 たまに口喧嘩になったときも、シェルディがこのように手を出してくることは多々あった。それでもそれは試合でも死闘でもなかったから、力はこもっていないのだ。そう、このように。シェルディはザルバッグの胸をどんと拳で叩いたが、ザルバッグには痛くも痒くもなかった。
 このときザルバッグの心は妙に冷えきっていて、全く動かないのだった。例え胸元のシェルディの手の震えているのを見たとしても。この先何が起きても。
 動かないはずだった。それは確かだった。
「好きなのよ…」
 しかし、
「愛してるのよ。」
 驚いた。ザルバッグはたいそう驚いた。驚愕した。冷たい心が溶かされた。
 彼は心底から驚いた。だが、それは、シェルディの告白の内容にではない。告白をしたということそのものと、それを今このときここで告げたということにこそ驚いたのだ。
 シェルディはまたも、震える拳をどんと叩きつける。ザルバッグは軽くせき込みそうにすらなった。
「私はあなたのことが好き。一人の女として、一人の男として、あなたを愛している。あなたとずっと一緒にいたい。
 私は、ずっと、戦うことしかできなかったけれど……。ふつうの女の子みたいに、あなたの隣を歩いてみたい。ちょっと年齢、遅いかもしれないけど。…あなただって、ベオルブの名に縛られることなく、ふつうの男の子みたいに生きることを楽しんだっていいの。自分のためだけに、歩いていいの。もう戦わなくてもいいの。」
「…………。」
「あなたの全てが好き。あなたの顔が好き。あなたの表情が好き。あなたの目が、声が、手が、背中が。一人じゃ何もできそうにないところも、不安定なところも、ずっと未熟なところも、全部、全部、全部、大好きで……大嫌い。」
「…………。」
「あなたの全てが嫌い。あなたの全部が……嫌い、嫌い、大嫌い! 死んじゃえって思った。絶対に殺してやるって思った。あんたは、私から全てを奪った。それなのに、また、」
「…………。」
「それなのにまた、奪うの? 私の大切なものを、あなたは、最後まで奪っていくの?」
「…………。」
「お願い、死なないで……いなくならないで……私を一人にしないで。」
「…………。」
「ねえ、一緒に逃げよう?一緒にどこか、遠い田舎に逃げて……静かに暮らそう?
 英雄になる必要なんてないの、自分のために戦えばいいの。あなたがここで戦ったって、誰も『あなた』を見ないわ。みんなが求めていたのは、ただ彼らに都合の良い『英雄』だけ。もう、子供の浅はかな夢なんて捨てて。ヒーローになろうとするのはやめましょうよ……」
 言葉が、ついに、ザルバッグに耐えかねるところまでに及んだ。ザルバッグはかっとなって、シェルディの頬を張った。
 ぱちん、と乾いた音が響いて、シェルディの頭が大きく横に向く。すぐに頬が赤くなる。それを確認した直後にザルバッグがシェルディに頬を叩かれた。
 ばちん、という乾いた音と共に視界が大袈裟に揺れる。その中でザルバッグが最後に見たのは、シェルディのこちらを睨みつける鋭い目だった。
 それからはもう、例えまたお互いに見つめあっても、お互いに言葉がない。言葉がいらない。
 シェルディは手を伸ばした、暴力を振るうためにではなく。女性のものにしては少し骨ばった、いかつい、ところどころが傷にまみれた戦士の手だ。しかしその傷には針で作った刺し傷などが含まれている。まがいなりにも女性の手だ。
 自分に向かって伸ばされる手など、ザルバッグは無視して行けばよかった。もうそれは許される、許されざるを得ない。しかし彼はここで見えない力に押し止められた。手が、彼の意志には関係なく動く。動いて手に手を重ねようとする。それどころか、目の前の女性の身体を引き寄せようとする。
 手が手に触れる。だがザルバッグは自分の手を引かない代わりに、触れた手を突き放した。
 それが決め手だった。シェルディが瞳に気持ちを湛えてザルバッグを見上げる。食い入るように見つめる。
 それがあなたの答えなの、と言っているようにザルバッグには感じられた。
 彼女ならきっと、これまでザルバッグのやること為すことを察して最終的には支えてきてくれた彼女だから、納得して送り出してくれるに違いない。そう思うのは男のエゴだろうか。