エバンナは決断した。南軍に使者をやる。悩んでもいい時間が少ないことは知っていたので、決断までにそれほど時間はかけなかった。
 彼女は皆に報告しようと思って、執務室に彼らを呼び寄せる。不思議と、本当に集まるのかという不安はどこにもなく、実際4人が4人とも集まった。定時に誰もが遅れることなく。
 どのように場が荒れるか。それには憂いを抱きつつ、エバンナは彼らの前で手紙を掲げた。
「この手紙を、」
 口を開く。そしてその手から手紙を奪い取られた。行為に出たのはシェルディでもクィンでもなく、ウィリーだった。これには一同が唖然とする。
「こっ、これを返してほしかったら!」
 慣れない様子でウィリーは悪っぽく振る舞う。彼は手紙を手に扉付近まで走り、
「僕を捕まえてみろ!」
 そして消えた。
「…………。」
 沈黙が室内を満たす。しかしそれもそのうち尻すぼみになって消え、誰からともなく会話が始まった。
「あいつは、何をガラでもないことを……」
「何のつもりかしら。馬鹿なの?」
「実際、あれそのものをとられても、あまりこちらに害はないのだけれど。」
「走ってっちゃった。」
 そうは言うものの、手紙は元よりそれを持っていった人間がいないと話が進みづらいので、まずエバンナが最初に走り出した。それに伴いカーティスが進む。
 シェルディはしばらくその場に立ち竦んでいたが、クィンに押されて走り出した。出遅れた分は彼女のヘイストで補う。
 城内を最短コースで走って外に出て、城下町を駆ける。人通りはあれどたいていが自身のことに夢中で、騎士団の人間が揃って町を走っていても気にしない。
 大通りを走り、横道にそれ、角をいくつか曲がった先の店にウィリーは入る。皆はそれに従って中に突入した。
 中は酒場だった。大勢の人間と喧噪で満たされている。
 先頭で入店したウィリーはすぐその場で立ち止まったため、エバンナはじめ皆がそこで止められた。数名が団子になってしばらくその場に滞在し、そのうち後から入って来た客に押し退けられる。
「ウィリー、いったいどういうつもり…」
 ウィリーは何も答えない。ただ何かを待っているようだった。
 酒場の中はやかましい。どの席にも人が必ずついていて、たいていが2人以上で談笑している。
「…ライオネル城の、新しい城主が…」
「…伝説のゾディアックストーンは…」
 時々漏れ聞こえる会話にも、特に興味をそそられるような内容はない。
 ウィリーは次第にそわそわするような素振りを見せ始めた。辺りを世話しなく見回して、なるべく店内奥には入らないようにしながら場所を移動する。それに沿って、全員が不本意ながらも移動する。
 するとそんなとき、ある会話が聞こえてきた。ウィリーがあからさまに表情を明るくしたので、皆はそれに耳を傾けた。
「北天騎士団は、もうだめかもな。」
 会話はそこから始まる。これではさすがに、誰もが聞かないではいられない。
「指令官のラーグ公、軍師のダイスダーグ卿が相次いで殺されて、ザルバッグ団長は謎の失踪だ。ある噂によると、ダイスダーグ卿を殺したのは団長で、ラーグ公を殺したのはその副官らしい。ま、結果として騎士団上層部はほとんどいないもんだから、咎める人間がいないわけだが。」
「それでも不満は溜まるわけだ。一部の騎士団員達は暴徒と化して、荷馬車を襲ったりしてるらしい。人数も着々と増えてるから、また骸旅団みたいなでかい集団になるかもな。そのうち町が襲われたりして。」
「聞くところによると、辛うじて残った上層部の人間達は、団長の失踪に落胆してロクに動けない上に、騎士団をどうするか内部で揉めてるらしい。こりゃー助けは期待できないかもな。」
「良い迷惑だよな……どんだけ細分化すりゃ気が済むんだっつの。んなことしてるヒマねーのに。」
「騎士団を抜けた奴らに味方したほうがいいかもな。絶対そっちのほうが儲かる。」
「アジトにでもいくか? しかし、あそこって元々は骸旅団が使ってたんだろ? そんなとこに集まるなんて、皮肉だな。」
「あてつけのつもりだろ、騎士団に対しての。結局、報奨がもらえなくてああいうことしてるわけだし。」
「これは返しなさい。」
「あっ、」
 突然、会話に聞き入っていたウィリーの手から、ずっと握りしめられていた手紙が抜き取られる。エバンナはその手紙についたしわを伸ばしながら、これはもう使えないわねと言っていた。
 そしてそのときにはもう、シェルディが酒場を飛び出していた。クィンはそれにつられて、ではなく単にそれをきっかけにして、後を追いかける。
 何も言わずにエバンナとカーティスも同様にしていた。ウィリーはその背中を見て、安堵を表情に浮かべた。もちろん彼も、すぐに走り出す。









 元骸旅団のアジト、通称盗賊の砦に到着するまで、彼らが互いに言葉を交わすことはなかった。それどころか、目的地をどことしているのかさえ確認することはなかった。
 けれども5人は全員で盗賊の砦に到着した。海を背中側に佇む砦を正面に臨む。
 中で何が起きているのかは誰も知らないが、砦は妙に騒がしかった。まるで誰かが戦っているような音まで聞こえる。
 しかし中の事情は彼らのうち誰にも関係がなかった。
「何か言うことのある人は、いる?」
 シェルディが誰の顔も見ずに問うた。答えたのはカーティスだ。
「俺はない。他は?」
「僕はある。」
 ウィリーが名乗り出た。今し方「ない」と言い切ったばかりのカーティスに向けて言う。
「僕はお前に、仲良しごっこをお望みか? って言われたことを、まだ根に持ってるんだ。」
 ウィリーは至極真面目な表情で言った。カーティスが、お前意外と根に持つタイプなのな、と軽く返したのは無視して続ける。
「これは、お前の言ってた仲良しごっこじゃないのか?」
「違うね。」
 カーティスは即座に断言した。
「これは違う。俺はただ、目的の一致した奴らと同じ場所に立ってるだけだ。」
「目的は?」
 ウィリーは問う。
「俺らの敵を倒すことだ。」
 カーティスは答えた。そして隣に立つエバンナの胸をどんと叩く。
 エバンナは皆を見回して、今は一人足りないものの、大声で告げた。よく透る女性の声は近辺一帯に響きわたる。
「ザルバッグ隊、突入するぞ!」
「おうッ!!」
 全員の声が重なり、彼らザルバッグ隊は砦に突入した。









 アジトのせん滅は実に問題なく遂げられた。元より数だけの騎士団員の下っ端の集まり、烏合の衆である。
 それよりも彼らを驚かせたのはラムザとの出会いであった。彼は既に中で戦っており、結果的にザルバッグ隊と手を組む形となっていた。
 シェルディが最後の一人を気絶させる。後は他の者同様クィンの魔法で深い眠りに落とされて、一所にまとめられる。
 エバンナが代表してラムザに声をかけた。
「貴公は、閣下の弟君のラムザ殿ですね。お手伝い頂き感謝致します。」
「いえ……。こちらこそ、助かりました。数だけは彼らは多かったので。」
「そうですね、数だけは。実にお恥ずかしい限りです。」
 エバンナは一度、ひとまとめにされた人達を見て、またラムザに視線を戻して言った。
「彼らの処罰は我らで行います。」
「よろしくお願いします。この地を守れるのは、北天騎士団しかいませんから。」
「…………。」
 少年の一言に、エバンナは言葉を失った。不審に思ってラムザが彼女の背後を伺い見るも、他隊員も同様である。
 ラムザはどうしようかと迷った末に、比較的付き合いの深いシェルディに声をかけようとした。そのときだった。
「──うわああああん!!」
 泣き声が響きわたった。まだ年端もいかないような少女じみた声はクィンのものだ。
 クィンは泣く。静かに涙を流してすすってではなく、大声で喚いて。
 ラムザ側の面々が唖然と見守る中で、またザルバッグ隊に涙が加わった。ウィリーだ。
 彼はさすがにクィンのように声こそあげないものの、手で顔を覆って肩を震わせていては、泣いていることは明白である。
「……ウィリー。泣くなよ、男だろ。」
 カーティスが、優しく苦笑しながらウィリーの背中を叩く。ウィリーは表情を誰にも見せないようにしながら、カーティスの背中を叩き返した。
「泣いてないよ。カーティスこそ。」
「泣かねえよ、俺は。」
 見るとシェルディも泣いている。
 エバンナは泣いていることは気取られずに、ラムザに向き直って言った。
「ごめんなさい。ただ、隊長をなくしたばかりで、皆気が動転していて。」
「ああ……」
 ラムザは妙に納得したような表情をした。苦しさや悲しみが入り交じったようでもある。彼は何か言おうと口を開きかけてやめた。
 ラムザは代わりに別のことを言う。
「……騎士団の上層部は、今は二分して争っていると噂に聞きました。でも、そんなことはありませんでした。噂は噂ですね。
 僕が兄に聞いたザルバッグ隊は、ザルバッグ隊のままだった。」
 言って、ラムザは軽く微笑んだ。エバンナもそれに返す。
 しかし彼女は言葉ではこう返した。
「いいえ、もうザルバッグ隊はザルバッグ隊ではありません。ザルバッグ隊長がいらっしゃらないのですから。」
「そうそう。今だってケンカしたまんまだ。意見がまるで合わねえの。」
 カーティスが後ろから言葉を追加する。ウィリーが彼の背中を強く叩いた。
「…兄さんは言っていました。オレがいなかったら、あいつらは駄目なんだ、って。そのとおりなんですね。」
「ええ。さすが、隊長はよく分かっていらっしゃる。」
 それからも少しばかり言葉を交わしたが、それも長くは続かなかった。ラムザ達は先を急ぐと言う。そしてそれはエバンナ達も同様であったので、互いにこれからのことは聞かずに別れた。
 各自がチョコボに乗って、しばらくは歩いて進む。まだ涙の止まらない者がいる。
 騎乗が下手でかつ泣きっぱなしのクィンは、カーティスと共に一羽に騎乗していた。えーんえーんと大げさに声をあげる彼女を、カーティスが時たま頭を撫でてあやしてやる。
 まだ誰も、意見は合わない。実際のところは、ザルバッグ隊の戦いが始まってからこれまで、全員の意見が合ったことなど一度としてなかった。
 けれども目指すものはいつだって一緒だった。だから戦ってこられた。
 エバンナは全員に向けて言った。静かにそれを口にした。
「北天騎士団を、解散します。」
 誰の涙も止まらない。だが反論はひとつとして出なかった。