そのときはやってきた。誰もが予想しない形で、あるとき突然に。
 非公式に城を訪ねたラムザが言ったのだった。兄は死にましたと。手にはかつて彼の使っていたルーンブレイドが。
 そのとき城の庭で彼に出くわしたシェルディは、錯乱しながらも何とか彼を留めることに成功した。結果として今ラムザは、応接室でエバンナと向かい合って座っている。
 さてラムザが緊張した面もちで、話をしようと口を開いたとき。エバンナがそれを遮るようにして言った。
「貴方達。追い出さないから堂々と聞きにいらっしゃい。」
 部屋の扉がぎしりと軋む。そして勢いよくそれが開き、4人の男女が倒れるように入室した。
 ラムザは驚いて振り返ってそれを眺め、エバンナはそれを含んで眺めてため息をついた。
「盗み聞きしようとするだなんて、恥を知りなさい。」
「すんませんっした、エバンナ副隊長。」
「ふくたいちょごめんね!」
 カーティスとクィンは軽く謝りながら、2人並んで室内に歩を進める。ウィリーは苦笑しつつそれに続いて、最後その場に残されたシェルディは、弾かれるように歩き出した。
 ソファに腰掛けたエバンナの周囲に4人が立つ。5人分の目に注視され、ラムザは少々萎縮しながらも話を始めた。
「兄は死にました。」
 そして一振りの剣をテーブルの上に差し出す。刀身に淡く色づけがなされ、古代文字の刻まれたルーンブレイドだ。攻撃力と軽さに優れた、使いこなすのに技術を要する片刃の剣は、かつての彼が装備していたそのものだった。
 誰が見ても分かる。皆が息を呑んだ。
 ラムザは話す。
「もう1年近く前のことになります。兄は、長兄を討ちにイグーロス城へと単身飛び込みました。僕はちょうどその現場に居合わせたんです。僕達は力を合わせて共に長兄を討ち取りましたが、そのときに兄は命を落としました。」
 話すラムザの目が曇る。彼は話し続ける。
「これは兄の使っていた剣です。これだけでも皆さんにお返しできればと思い、持ってきました。」
「うそだ!」
 周囲の何もかもを省みずにそのように口を挟んだのはクィンだった。クィンは目を丸くして驚くラムザに、まくし立てるように言う。
「うそつかないでよ! それだけのわけないでしょ、わたし知ってるんだから!」
 ラムザは困ったような表情をしながらも、本当です、とだけ小さく言った。
 うそだ、うそだ。追及をクィンはやめない。エバンナが振り返って彼女を止める前に、カーティスもがクィンに加担した。
「いつまでしらばっくれるつもりだ。こっちに対する気遣いかどうかは知らねえが、騙せると思ったら大違いだぞ。」
「……本当です。ですから僕は、皆さんに兄の剣を持ってきたんです。」
「だったら何で、本人を持ってこない!」
 ラムザを始め、シェルディとウィリーがカーティスのその言葉に驚いて目を見開いた。
「あの人と一緒に戦ったんだろう。それが本当だとして、剣なんて持ってくる荷物の空きがあるんだったら、死体を持ってこいや。」
「……それは…」
「何で死体がないんだ。何で目撃者が誰もいないんだ。まだ話してないことがあるだろう。それを全部話せと俺は言ってるんだ。」
 ただ彼の死という事実が衝撃的で、そこにまで意識のいっていなかったシェルディとウィリーは、固唾を呑んで場の進行を見守った。
 中々口を割ろうとしないラムザに対し、クィンは言った。
「それでも言わないって言うんなら、わたしが言う! ダイスダーグ卿は聖石カプリコーンを持ってたわ。あれに認められ、野心を抱えていた彼がただで殺されるはずがない。現れたんでしょう、アドラメレクが。」
 これには驚いたのはラムザだけだった。他の誰もがクィンの話す単語の意味を知らなかったが、知らなかったからこそ、さしたる反応は見せなかった。
「アドラメレクは、対象を異空間に送り込む転移能力を持っている。あの場に誰の死体も残らなかったのは、そういうことじゃないの? そして、あなたがそれを隠すということは、その先をもあなたは知っているということじゃないの?」
 クィンは強い語調で、強い表情で、強い目で、そう言った。顔を真っ赤にして言い切った後に大きく息をついた。どこか悔しそうに震えてもいる、その肩を、隣のカーティスが「よく言ったな」そう言って優しく叩いた。
「まだ言っていないことがあるの、ラムザ。」
 シェルディが震える声で尋ねる。ラムザは観念したように、はいと頷いた。
 そして話し始める。それまでに大分手間取ったのだが、それからは話すのは大変流暢だった。
「妹を助けるために向かった聖地ミュロンドで、僕は兄の転生させられた姿と戦いました。剣はそのとき得たものです。どうにか、彼の生きた証を残せないかと思って……。身体は、既に何かに蝕まれて痩せこけた身体でしたが、跡形もなく消滅してしまいました。」
 ラムザは話す。兄の最期を。時々追って聞かれるに応じて状況説明を付け足しながら。
 何から何まで聞かれ尽くして、頭にある情報が空っぽになってしまったのではないかと思われるくらいに話したとき、やっとラムザは話を終えることを許された。
 ラムザは言う。
「聞いて下さって、ありがとうございました。すみませんが、妹を待たせているのもありますし、僕はこれで失礼します。」
 誰もが彼の行く先を気にしたが、誰もがそこまで込み入った話をする程親密な仲でもない。ただエバンナが礼をし返して、お元気で、という言葉で彼を送り出した。
 しばらくは、ゆっくりとした、密度の薄い空気が流れる。
 最初に発言したのはクィンだった。
「どうしたのみんな、元気なくしちゃって! まさか、ラムザさんの言ったこと真に受けてるのっ!?
 そんなことないない、あるわけないじゃん! 絶対に死んでないって! だって考えてもみてよ、人間の死における要素ってなんだっけ? その人間の身体の機能停止を証明するものが、ラムザさんの話にはないんだよ! 言ってたじゃない、ラムザさんは最初、アドラメレクに転移させられた時点で、兄は死んだものと思っていた、って。それが実はそうじゃなくて、転生させられて、戦った。致命傷を与えることで消滅はしたけど、それは死んだわけじゃない。そもそもそのときの兄の身体は既に死者のものみたいだった、って言ってたし。だからもしかしたらまだ、異空間で魂だけが漂ってるかもしれないんだよ!
 聖石がルカヴィ達を呼び戻したように、わたしにも呼び戻せるかもしれない!」
 クィンは明るい笑顔でそう言った。そこには悲しみなど、微塵も感じられなかった。
 何も言葉を返せないでいる皆に向かって、クィンは笑いながら言う。
「それに、人間の死を証明する一番重要なことが欠けてるよ。それは、周囲の人の悲しみ! 死ぬってことはみんなが悲しいってことなんだから!
 死んだはずないよ、ないない、絶対ない。だってわたし、涙がまったく出てこないんだもの!」
 クィンは軽快に歩いて扉まで行く。そこで振り返ったのが最後だった。
「だからわたしは、ラムザさんの話を信じない! そうと決まったら早く研究開始しなくちゃ! 召喚魔法と聖石について学んで、ザルバッグ隊長を異世界から呼び戻す方法を発見するのだ!」
 そのまま誰の返事も待たずにクィンは部屋を出て行った。
 それをただ黙って皆は見送った。カーティスがぽつりと言う。
「うらやましいな、ああいう理論があって……。俺にはああいうまねはできん。」
「あら。」
 エバンナは目を上げてカーティスを見た。
「貴方はやはり、クィンにはそういう対応なのね。たまには彼女も慰めてあげればいいのに。」
「けっ、そんなのごめんだね。あいつには魔法と隊長と、」
 カーティスはいかにも癒そうに言って、べっと舌を出して見せる。そしてウィリーの背を叩き、
「わっ!」
「弓使い君がいればいいんだ、それで涙も乾く。ほら、行ってやんな。」
「……分かったよ。」
 しぶしぶながらもウィリーは頷いた。部屋を出る。その間際に、
「カーティス、まだ勝負はついてないんだからな。後でまた殴り合おう。判定はザルバッグ式だぞ。」
「オーケー。後でな。」
 というやりとりをしていった。そして扉が閉まり、室内の人間がまた減る。城内にはあいかわらず、彼ら5人と少数の人間が。
「また喧嘩したのね、貴方達は。」
 エバンナは呆れた様子もなくそう言った。シェルディは呆れたようにため息をついた。
「あんた達も飽きないわね。向ける方向が間違ってるでしょう、そのエネルギー。」
「いいだろ、やるこたちゃんとやってんだから。これでも町の見回りは欠かしてないぞ。」
「青あざはあるわ鼻に紙は詰められてるわ、見る人みんな驚いてたじゃない!」
「いいのいいの、元々俺は美形だから。それくらいボコられてもむしろ際立つ。」
「へえー。そのよく回る口を黙らせてあげましょうか?」
「はい、そこまで。」
 エバンナはぱちんと手を叩いた。鼻をつき合わせんばかりに睨み合っていた2人は、その合図で互いにすっと引き下がる。
 エバンナはシェルディを見上げて、確認するように問うた。
「シェルディ、今日の予定は?」
「ゼルテニアへ向けて出発……あっ、そうだ、あまり時間がないんだったわ! 突然のことにびっくりしちゃって…」
 すっかり忘れていた様子のシェルディに、エバンナはまるで母親のように念を押す。
「忘れ物はしないようにね。」
「分かってるわよ! うう、何だか思い出したら緊張してきちゃった…」
「ハメ外して畏国王を殴るなよ。」
「しないわよ! もうっ!」
 真顔でとんでもないことをさらりと言ったカーティスははたいておく。そしてシェルディが部屋を出て行った。室内には残り2人。
「じゃ、俺も行くわ。町でも歩いてくる。」
「行ってらっしゃい。気をつけてね。」
「ザルバッグ隊に栄光あれ! なーんてな。」
 カーティスが退室する。扉が閉まった。残り1人。
「…………。」
 ひとりになったエバンナは、ソファに座ったまま、テーブルの上に置かれた剣に目をやった。
「…………ザルバッグ隊長。」
 名前を呼ぶが、返事はない。エバンナはその剣を手に取り立ち上がる。
 これは独り言だ。
「また、ザルバッグ隊のみんなで宴会でもやりましょうか。もうすぐ1年経ちますもの。」
 そして彼女は部屋を出た。