2016年3月[3件] - てがろぐ - Fumy Otegaru Memo Logger -

2016年3月3件]

No.10

1/28更新分ネタバレありです

たかしが故郷にいるときだけ訛りが出るんだったらかなり萌えだよな!と思ったことがありました。
故郷にいるときだけ訛るということはつまり普段は標準語に切り替えているわけで、たかしにそんな器用な真似ができるはずがない、との判断の下ボツになりました。
結論としてはボツなんですが…この設定はかなり熱い…!訛るマッチョなんて最高です!
<a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/160327.p... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-84.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="160327.png" border="0" width="400" height="400" /></a>

拍手をくださった方、ありがとうございました!!見て頂けていてとても嬉しいです(*^。^*)
更新後に連打を頂けるのもとても励みになります…!

編集

No.9

続きです
ネタバレありです

そしてヒカルの碁においてもう一つ、特別好きなシーンがあります。自分が現世に蘇ってヒカルに出会った理由を佐為が悟るシーンです。
佐為は「神の一手」に現在最も近いと言われる棋士、塔矢行洋との対局を果たしました。作中最強クラスのこの二人の対局というだけで大変熱く盛り上がる展開なのですが、その対局に勝ち、やり切った気持ちでいる佐為にヒカルが言います。このときこう打っていたら塔矢名人の勝ちだった。そしてそんなヒカルを見て佐為は悟ります、「私が蘇ったのはヒカルにこの対局を見せるためだった」と。
ヒカルという棋士としてのポテンシャルを秘めた少年を囲碁の道に誘って、そしてハイレベルな対局を一番近い位置で見せ、佐為にも塔矢行洋にも見つからなかった一手に気付かせる。ほんの一瞬のこの気付きのためにこそ自分はここにいたのだと。
このシーンも、楽しいとか悲しいとか、言葉ではうまく形容できない気持ちで胸がいっぱいになります。
ヒカルが気付いた一手は、極限での戦いの行方を左右する、まさに神の一手に近付くための一手でした。これは決してヒカルが二人に勝ったということではなく、塔矢行洋と向かい合って佐為の示す手を打つという特異な位置にいたからこそ気付けた、奇跡のようなものだったのだと思います。それでもこの対局と気付きはヒカルを大きく成長させました。このたった一瞬のためにこそ囲碁をやっているのだろう、というその重みを強く感じることができました。
佐為の、あくまで自分ではなくヒカルがこの一手に気付くために自分はここに甦らされたのだという悟りは一見残酷なようですが、一人ではできない囲碁の道の在り方がここでも表れています。こうやって人々が関わり合ってこそ囲碁の道が出来上がって腕前が高められていく。一人一人の棋士が必要不可欠な存在である。その在り方がこの作品ではこんなにも強くドラマティックにえがかれていて、だから私はヒカルの碁が好きです。

「一瞬のために全てはあった」感が私はとても好きです。学問でも芸術でもスポーツでも、ほんの少しの前進のために膨大な時間、手間、労力、金銭をかける。しかし前進や成功が必ずしも約束されているわけではない。それでその道から離れてしまう人もいるけれど、それでも離れられずにもがき苦しみながら進もうとがんばる人がいる。がんばってがんばってがんばったその先に掴める何か、一瞬の何かを探している。その一瞬は確かに投じたコストに見合わないほんのささいなものなのかもしれないけれと、本当はそれこそが何物にも代え難い尊いものである。そういう感じがとても好きです。
これがヒカルの碁ではありありとえがかれています。とても素敵です。感動します。

長々と書きましたが、結論としては「ヒカルの成長する展開がドラマティックでおもしろい、熱い」「囲碁の道の描かれ方が好き」「伊角さんが好き」「一番好きなシーンがやばい」です。
また、いろんなキャラが出てくるので気軽にキャラ萌えも楽しめます!どのキャラも個性的で魅力があって、この作品における囲碁の世界を形作っています。院生時代の仲良しトリオ好き~!かわいい!
主人公・ヒカルとライバル・塔矢アキラとの関係もとても独特で好きです。ヒカルの中にいる佐為の強さに魅せられて、ヒカル(佐為)を追うアキラ、そのずっと下からアキラを追うヒカル。そして17巻にしてようやく主人公とライバルの初対局が実現し、その中でアキラがヒカルの中にいる佐為の存在に気付く。この展開は熱いし感動します。それまでヒカルしか知らなかった、ヒカルの中でしか存在し得なかった佐為が、囲碁を通してその存在をアキラに気付いてもらえた。佐為を失ったヒカルが辿りついた答え、「自分の打つ碁の中で佐為は生き続ける」が、これでもかとばかりに描写されます。このシーンも本当に大好きです。

余談ですが、私は読む前はこの作品のタイトルを「ヒカルの墓」だと勘違いしていて、すげー漫画だな…と思っていました。

好きなもの 編集

No.8

自己紹介の好きなもの列挙ページにせっかく「人生レベルで好き」という分類があるので、まずはここにある作品から語ることにしました。というわけでヒカルの碁です。ヒカ碁大好き!!!!好き過ぎてたまに発作が出ます。
拍手ありがとうございました~!とても嬉しいです!!

ネタバレありです

主人公ヒカルが非日常な出会いをして、作中最強レベルの佐為の力でヒカルにとっては格上の相手をばったばったとなぎ倒していく爽快感、そして自分自身囲碁に惹かれ学校の部活、院、プロの世界と舞台を変え様々な人と出会いながら成長していく熱さを兼ね備えた、「囲碁」という珍しい題材を扱ってはいるものの実に少年漫画らしい漫画です。丁寧に描かれた囲碁の世界はとてもリアルなのですが、その中に佐為というひとさじのファンタジー要素がきらりと光る塩梅が絶妙で魅力的です。
ヒカルを囲碁の世界に引き込んでくれた、ずっと一緒に囲碁をやってきた、そんな佐為との別れを経てヒカルが自分自身の囲碁、「ヒカルの碁」を始める展開が本当に好きです。この漫画のメインだと思っています。

一番好きなキャラは伊角さんです。初登場時のどう考えてもモブな顔から漫画が進むごとにだんだんとイケメンになっていく変化、初期のよく分からない私服、第2回人気投票伊角さんぶっちぎり事件といったネタ要素も含めて好きですが、何よりもその人間性と作中の活躍が本当に素晴らしい。
伊角さんは、気さくで面倒見がよくてまじめで優しくて院生1位の実力を持つ、人としてかなり好印象を持てる人物です。だけど院生1位であるにも関わらずなかなかプロになれない欠点を抱えていました。それは結論から言うと心の弱さ故だったのですが、この点の描写が本当にリアルでドラマティックで読んでいて大変心を動かされました。
自分より後から囲碁を始めたヒカル、院生仲間として楽しく過ごしてきたけれど、近くでその成長を見守ってきてその目覚ましさに不安を抱く。そして迎えたプロ試験。ここの緊張感はやばい!時間をたっぷり使って堅実に局面を進めていたけれど、対局直前の他人の言葉(ヒカルの強さを説明する内容)への動揺がヒカルへの不安を後押しし、心惑うままに打つ手を間違え、反則をし、絶望して自ら投了して対局を終わらせる。この…ほんの短い時間が長く思われる感じ、まるでスポーツ漫画のようです。ドキドキしました。
人として優れているお兄さんな伊角さん。そんな伊角さんの抱える深刻なこの欠点、そしてしでかしてしまった大きな失敗、落ち込みが、彼の人間らしさを表していて、キャラクターとして最高に魅力的です。
でもそのままでは終わりません!プロ試験に落ちた伊角さんは中国に渡って修行をします。そこで出会った人から「感情のコントロールは習得できる技術だ」と教わって、心を落ち着けて対局に挑むことができるようになります。この成長が本当に熱い!
そうして自信を取り戻した伊角さんは、日本に戻り、再戦をするためにヒカルに会いにきました。自分の気持ちを言葉にして、ここからスタートしたいと言う伊角さん。

そしてこのときのヒカルこそが、佐為を失って心折れ、囲碁をもう打たないと決めたヒカルでした。佐為は素晴らしい棋士だから、俺なんかが打たなきゃよかった!全部あいつに打たせればよかった!と叫んで、囲碁から離れてしまった。このシーンもやばいです…!悲しすぎる!
でも伊角さんがどうしてもヒカルと打ちたいと言うから、伊角さんのために義理で打つだけ、と言い訳してヒカルは伊角さんとの対局に臨みます。そして打つ中、囲碁の中に「佐為」を見つける。ずっと一緒にいたのにいなくなってしまった、どこにもいなかった佐為がこんなところにいた。おまえに会うためのただひとつの方法は打つことだったんだ。それに気付いたヒカルは涙ながらに「俺は打ってもいいのかもしれない」と伊角さんに告白する。「ヒカルの碁」が始まった一瞬。
佐為を碁の中に見つけるシーンではありますが、それと共に、おそらくここでヒカルはやっと佐為の死を受け入れたのだと思います。佐為はもうどこにもいない。ただ、彼が自分に残してくれたものが自分の打つ碁の中にある。碁を打つときにだけ彼にまた会うことができる。自分が碁を打つことで佐為は生き続けることができる。佐為がいなくなった今、だからこそ、ヒカルはヒカルの碁を打って生きていく。
このシーンが、ここに至るまでの展開が、私はヒカルの碁の中で一番好きです。熱いとか切ないとか悲しいとか優しいとか、どんな言葉で形容したらいいのか分かりません。ただただ感極まって涙が出ます。とにかく好きです。
このシーンがヒカルの碁という作品の集大成で、これのために以前のすべての描写があったのではと思えるくらいです。

一度折れたヒカルを立ち直らせるきっかけとなった対局の相手が伊角さんだというのがまた好きな点です。ここは賛否両論(伊角さんみたいな脇役を出張らせすぎ、など)あるみたいですが私は好きです。
確かに伊角さんは脇役ですが、彼も囲碁の道に関わる一人の棋士です。ヒカルの相手が伊角さんだったことで、たくさんの人々が関わり合いもがきながら「神の一手」を追求していく、というこの漫画におけるテーマが如実に描かれていると思います。
また、このエピソードの直前の巻が伊角さん修行巻となって、これも同じ理由で賛否両論あるみたいですが、やっぱり同じ理由で私は好きです。主人公だけでなく他キャラにも物語があって失敗や再起を繰り返して成長していく様子が描かれているところにテーマを感じます。この伊角さん巻はヒカルの再起のための準備巻である必要な巻で、ここの描写がある程度長いものであることが物語の構成をよりおもしろいものにしていると思うし、何よりも主人公の成長のために丁寧な描写をしている点がとても好印象です。

続きます
ところで、この記事を書いていたら囲碁ソフトが九段を破ったというニュースを耳にして、いたく感動しました。ヒカ碁を読んでいた当時は、囲碁だけはコンピュータが人間に勝てないと言われていたのに…。人類の英知の結晶ですね。コンピュータも、そしてそれと渡り合う九段も凄いです。人間とコンピュータ(を開発する人間)、どちらにもがんばってほしい。
個人的には、このニュースの記事で囲碁ソフト製作者側の方が「(囲碁ソフトの腕前の確認ができるのは、といったような文脈で)九段のような天才のおかげだ」と語っていたのがとても好印象でした。そう、囲碁を打つには2人いるんだよ…!等しく才たけた者が2人!!

好きなもの 編集

■全文検索:

-->searchmode

■複合検索:

  • 投稿者名:
  • 投稿年月:
  • #タグ:
  • カテゴリ:
  • 出力順序:

■日付一覧:

■カテゴリ:

Powered by てがろぐ Ver 4.7.0.