2026年9月[3件] - てがろぐ - Fumy Otegaru Memo Logger -

2026年9月[3件]

No.431

9月の振り返り


今月の大きな成果は、やっぱり同人誌。
10月のイベント群に向けて一連の原稿を無事終わらせられました!

* 『舐めあい』80P
* エルあや合同誌 16P
* パトラ本 24P

『舐めあい』については84P本を作るのに、制作データ上では160時間程度かかっていたらしい。下書きはアナログなので全体で大雑把に40時間足したとしても、200時間かかってない。平均してページ単位2.5時間?
絵が上手いとか下手とかそういう話はいったん置いておいて、こうやってコンスタントに一冊の本を完成させるところまで持っていけるのは、自分の制作における大事な部分だと思っています。

「出ない名作より、出る駄作」

面白いかどうか、良い作品かどうかは、完成させたあとに読んでもらって、その結果としてついてくるものだと思います。だから、とりあえず完成させる。本にする。出す。そのうえで次を作る。
7〜9月は、その考え方をかなり実践した月だった気がする。
趣味の同人誌以外にも、仕事で漫画を描いたり、水面下でコラボカフェ企画を進めています!なんだかんだやることは多かった。
今後は12月のベイオンリーの準備を進めつつ、アリ缶の続きにも着手したいですね!

振り返ってみると、9月は結構いろんなことがあった。
誕生日を迎えて念願のレーザーカッターを買ったり。友達と食や遊びをエンジョイしたり。アニメ進撃の巨人、ガンダムGQuuuuuuXを観終わったり。来年描くかも?新キャラの設定を考えたり。
しんどいこともあったし、思うようにいかないこともあったけれど、少なくとも「何もしていなかった月」ではない。がんばったほうですよほんと…。

9月、おつかれさま。
close

編集

No.430

日記。


設定を作ることと、作品を作ることは、似ているようで結構違うものだと思っています。

私は昔から、キャラクターのプロフィールを考えることよりも、キャラクターを実際に作品の中でどう表現するか、ということに興味があります。
もちろん、設定を考えること自体は楽しいです。誕生日や好きな食べ物を決めたり、過去を考えたり、キャラクター同士の関係を考えたり。そういうことも創作の楽しみの一つだと思いますし、それを否定するつもりもありません。

ただ、「このキャラクターはこういう人です」と設定することと、そのキャラクターを実際にそういう人間として作品の中に描くことは、やっぱり別のことだと思っています。
例えば「このキャラクターは頭がいい」と設定するのは簡単ですが、作品の中で本当に頭のいい人間として見せるとなると、そう簡単ではありません。何に気づくのか、どういうことを考えるのか、どういう判断をするのか。そういうものを実際の台詞や行動で描かないと、読者にはその人物が頭のいい人間なのかどうかは分かりません。
「優しい人」という設定だって同じです。「この人は優しい」と書いてあることと、作中の行動を見て読者が「この人は優しいな」と感じることは別だと思っています。

私は後者が特に好きです。
作者がキャラクターについて何を設定したのかを知ることより、そのキャラクターが作品の中で実際に何をして、何を言って、その結果として自分がその人物をどう感じるのかを見るほうが面白い。
だから、設定と作中の描写が大きく乖離しているキャラクターは苦手だったりします。設定では「こういう人間」と説明されているのに、作中の言動では全然そう見えない、というような場合です。
これは別に、設定を作ることより本編を作ることのほうが偉い、という話ではありません。そもそも創作活動に順位をつけたいわけではありません。

設定を考えるのが好きな人もいますし、絵を描くのが好きな人もいます。短い漫画を描くのが好きな人もいれば、長い物語を作るのが好きな人もいます。それぞれ違う楽しみ方があります。
ただ、私自身はその中でも、設定されたものが実際の作品の中でどう表現されるのか、という部分に強く興味があります。
設定は、作者がある程度意味を指定できます。「この二人はこういう関係です」「このキャラクターはこういう性格です」と説明することができます。

でも、作品として提示したものが読者にどう受け取られるかまでは、作者には完全にはコントロールできません。
私はそこも創作表現の面白さの一つだと思っています。

自分は好きに描く。読者は好きに読む。

作者が意図していなかったものを読み取る人がいてもいいですし、自分とは違う解釈をする人がいてもいい。作品として世に出した以上、そこから先は読者のものでもあると思います。
そういう意味では、創作における「誤読」は、必ずしも悪いものではありません。むしろ作品を読むという行為には、そういう部分があって当然なのではないかと思います。

一方で、自分の考えを文章にして発信する場合は、少し違います。

私はもともと、自分が考えたことを文章にするのが好きでした。創作について考えたことや、何か作品を見て感じたことなどを、特に誰かに納得してほしいというわけでもなく、「自分はこう思った」と書き残しておく。以前はSNSをそういうメモ帳のつもりで使っていました。
ただ、文章は書いた本人が思っている以上に、いろいろな読み方をされるものでもあります。自分としては単なる個人的な感想や考察のつもりでも、別の意味に受け取られることはあります。

それ自体は仕方のないことだと思うようになりました。
自分の意図と、読んだ人の受け取り方が完全に一致する必要はありません。公開の場で発信する以上、そういうことも含めてSNSなのだろうと思います。
なので、最近はSNSではあまり難しいことを書かず、意味のない呻きや食べたいものだけを書くようにしました。つまりおもんないツイッターの出来上がりです。

とはいえ、創作について考えること自体は今でも好きです。
そして結局のところ、私が一番興味があるのは、設定そのものよりも、それが作品の中でどういう形になって現れるのかということなのだと思います。
「このキャラクターはこういう人です」と説明されるよりも、作品を読んで「このキャラクターって、こういう人なんだな」と自分で感じることのほうがずっと有意義です。
私にとってはね!
close

編集

No.429

年甲斐もなく誕生日だ誕生日だと騒いでおりましたが、身内やお友達やたくさんの方にお祝い頂けてめちゃくちゃHappyでした!
ありがとうございました!人生エンジョイがんばります。

写真はセルフ誕プレにと思ってついに購入したレーザーカッターです。レーザーで素材に彫刻や裁断ができます。(?)
重いものを運び暑い中汗だくになって設置し、接続できね〜!と数日放置してましたが、緊急停止ボタンが解除されてなかっただけでした。
ソフト面での取り回しに悩み中です。ノートPCを増強するか中古を買うか、うーん??
そのあたりも含めワクワクですね!

#設営
20260906175513-admin.jpg

編集

■全文検索:

-->searchmode

■複合検索:

  • 投稿者名:
  • 投稿年月:
  • #タグ:
  • カテゴリ:
  • 出力順序:

■日付一覧:

■カテゴリ:

Powered by てがろぐ Ver 4.8.0.