夜。あれからは親になにを言われようとも、一度も自室には戻らなかった。
「――どうしたんだい?」
 思わずそう問われてしまうような表情でようやっと部屋に戻って来たに、ガイは問うた。
「……、」
 は少し原形を思い出させるゲームボーイポケットを手にしているガイを見て、床に目を落とす。
「…違う、のに。」
 その声は今にも消え入りそうだった。
「え?」
「――違うのに。そんな変なことなんてしてないのに。」
 言いながら、は食事の風景を思う。母親に言われた嫌味。父親に言われた暴言。
「……、」
 ガイはの名前を呼び、どうすればいいのか判らないといった様子を見せる。
 その様子を視界の端に捉えたは顔を上げ、
「…ごめん。変なこと言って。」
 その言葉に続けてなんでもないのよ、と言った。
「…隠し通せた、んじゃないのかい…?」
「あっ、隠し通せたわよ!ちゃんと!」
 ガイの疑問には焦り、両手を振る。だがこれでは嘘だと一目瞭然だろう。
「…、俺は、」
「言わないで!」
「俺は――」
「やだ!聞きたくない!」
 耳を塞ぎ、顔を背ける。それが今に出来る、精一杯の拒絶だった。
「…それならいい。」
 諦めたようなガイの声に、ははっとして顔を向ける。
 既にガイはベランダに用意したブーツを履こうとしているところだった。
「ねぇちょっと――」
 その姿に危機感を感じたは急いでベランダに向かって走るが、その手がガイの背中に触れたと思ったとき、ガイは拒絶するようにの手を撥ね除け、ベランダから、外に出た。2階なので当然下に落ちていく。
 とさっ、と人間が草を踏むような音がし、その後にその音よりは軽い同じような音が続いていく。そしてそれは離れていき、ついには聞こえなくなった。
「……!」
 呆然としていたは正気を取り戻し、ベランダに出る。そこから外を見ると、ただただ広がる夜闇が見えた。
「――…。」
 呼んでも、その声は闇に溶けるのみ。


>>だから、居て