「……は、ダイスダーグ卿の誕生日?」
 本人曰く深緑色をしているという瞳が驚きに見開かれる。その表情にはありありと不審がえがかれていた。
「ああ。明日なんだ。」
「へぇーほぉーそうなんですかぁー。そりゃめでたいっすねぇー。」
 いちいちわざとらしいこの男も、北天騎士団内のザルバッグの直属の部下。共に戦う、同じ隊の仲間、カーティスだ。
 普段から公言している通り、女性が大好き、男性には興味無しの我が道を突っ走る彼は、ザルバッグが振った話にも全く興味がないようだ。
「で、それが何なんですか。それだけなんだったら、俺、忙しいんで離してください。」
 廊下で緑色の背中を見かけて声をかけた際、カーティスは不穏な空気を察したのか、立場などお構いなしにすぐさま逃げ出そうとしていた。すんでのところでその長く尾を引く布を捕まえて、こうしてここに留めているわけだが。
「ひとつ相談がある。」
「何スか。悪いんですけど、ずーっと忘れてて今日の今やーっと思い出した卿の誕生日に何を贈ったらいいのか、なんてのは勘弁してくださいよ。」
「…………。」
「ヤローへの贈り物考えるなんてジョーダンじゃないんで。」
 いかにも面倒くさそうに、目がザルバッグの言及から逃れようとする。しかし完全に相談しようとしていた内容を言い当てられた今となっては、そんな必要などなくザルバッグには言及することができなかったのだが。
「……お前は少しくらい考えようとはせんのか。」
「やだなー、隊長。俺が考えるとでも思ったんで?」
「…………お前に尋ねたオレが馬鹿だった。
 脱力に任せて手を離す。束縛から解放されたカーティスは、けれども彼が直前まで求めていたようにすぐさま逃げることはしない。
「まーまー、そう気を落とさず。ウィリーかクィンかシェルディに訊けば、ちゃーんと答えてくれますって。」
「シェルディにはもう訊いた。」
「あらま。」
 収穫はゼロ。ザルバッグはそれでもありがとうと一言だけ置いて、その場を後にした。








「卿のお祝い、なにするのーっ?」
 魔力の炸裂する音を聞いたから、もしやと思って中庭に出てみれば奴は居た。半ば彼女専用の魔法訓練所と化したそこで、しゅうしゅうと音を立ててくすぶる草木を背景に、売れない作家の表現が似合うような満面の笑みをもって話しかけてくるのは、これもザルバッグの直属の部下、共に戦う同じ隊の仲間、クィンだ。
 ザルバッグはその悲惨な状況に突っ込みたい衝動を抑えながら、本日幾度目かになるだろう質問をしようとして、最初に魔法の呪文を詠唱した口から出てきた言葉にふと思い当たった。
「……なんで知っている?」
「そういうときかな、って!」
「…………。」
 他人の感情には全く疎い癖に、異常なまでの観察眼による確かな根拠をもって話してくるものだから、まったくクィンは手に負えない女だ。
「それで、なにするの?」
「決めていない。」
「なんで?」
「なんで、って……」
「決まらないの?決めないの?決められないの?」
「決められないんだ。」
「そっか、そうなんだ。」
 矢継ぎ早に質問を重ねたクィンは、何やら解ったような表情で何度も頷いている。おーい、それなら肝心の答えはまだかー。心の奥からのちょっとした呼びかけは、どうにも届かない。
「卿はなにしたら喜ぶと思う?」
「それが判らないから困っているんだよ。」
「判らないよねぇ。難しいもんね!」
「ああ、本当に難しい。いつからだったかな、兄上のお考えになっていることが判らなくなったのは……」
 ザルバッグは昔を振り返る。兄上がいて、母上がいて、父上がいたとき。
 もしかしたら自分は、最初から、兄上の考えていることは判らなかったのかもしれない。ただ、それに気付いていなかっただけなのかもしれない。
 兄上だけでない。今では、母上も、父上も、遠い存在になってしまった。
 今、ザルバッグの傍に居るのは、共に戦う仲間達だけだ。そしてザルバッグ自身には、戦いしかない。そんな自分が、他人に贈り物をするなどと。
「…………。」
「難しいね。お祝い、やめちゃう?」
「……いや、やめない。」
「そっか。がんばってね!」
 赤い目が細められて、純粋な笑顔が花開く。やっぱり売れない作家の表現がよく似合うとザルバッグは思った。
「ああ、ありがとう。クィン。」
「へへっ、どーいたしまして!わたしもがんばるからね!」
「………お前はもう少し休んでいろ。」








「ダイスダーグ卿のお誕生日、ですね!?お祝いするんですね!?それはもう、どこまでだって協力します!
 卿はいったい何を差し上げたら喜ぶんでしょうか……難しいところですね。でもそれは、やっぱり、一番長く卿を見てきたザルバッグ隊長が一番よくわかるんじゃないかと思います。僕から口出しできることはありません。
 そうだ、何も形に残るものじゃなくてもいいじゃないですか。例えば、卿の仕事を手伝って差し上げるとか、何か思い出を作って差し上げるとか。色々できることはありますよ。
 渡し方だって色々工夫できますよね。驚かせるとか、日頃の感謝の気持ちを伝えてから手渡しするとか、わざわざ時間をとらせてしまわないよう、卿の必ず目にするところに判る形で置いておくとか。
 渡すもの、して差し上げること、そのやり方。他にもまだまだ、考えてゆける点はたくさんあります!これからどんどん考えてゆきましょう!
 …ああっ、でも、もう今日が終わるまで数時間しかない!どどど、どうしましょう、どうしましょう…!」
「……ありがとう、ウィリー!」








「お疲れ様です、隊長。」
 散々城内を駆け回って疲労したザルバッグの目の前に、ひとつの書類の束が置かれる。机に顎を乗せるという大変行儀の悪い格好のままザルバッグが目だけを上げると、声からわかるとおり、そこに居たのは副官エバンナだった。
「大変お疲れのようですが、本日の職務を放ってまで城内を駆けた結果は得られましたか?」
「……………、微妙なところだ……」
「そうですか。」
 エバンナはしらっと言い放つ。ザルバッグは神妙な面持ちで、目の前の書類と金髪の女性とを見比べた。
「……そういえば、エバンナ。」
「はい。」
「お前の誕生日はいつだ?」
「宝瓶の月16日です。」
「その日にオレから花を贈られたとして、お前は喜ぶか?」
 エバンナは大して驚いたわけでもないだろうが、目を丸くしていた。そしてしばらく考え込むような素振りを見せた後、答えた。
「ええ、喜ぶでしょうね。」
「どうしてだ。お前は花が好きなのか?」
「ええ、嫌いではありませんよ。ですが、私が喜ぶと判断した理由は、それではありません。」
「…………。」
「自身の誕生した日を、他人に、記念日として祝われる。その事実が、気持ちが嬉しいのです。」
 エバンナはわずかに口の端を上げて、ためらいなくそう言った。
「…………。」
「…参考にはなりましたか?」
「ああ、そうだな…。」
 その顔は全てを知っている顔だった。ザルバッグはため息をついた。
「ありがとう、エバンナ。」
「お役に立てたのなら何よりです。」








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