No.244
2022/4/7 好きなもの 編集
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(2)
届いたマロは主に「リュウキさんは他者からの否定の積み重ね体験が自己否定に繋がってると思います。しんどいけど自分で自分を肯定していくしかないでしょう」というものでした。(原文はもちろんとてもやさしかったです)
な、なぜそこまで知っている…!?(笑) わりと自分の思考や感情を露出することに抵抗がないため、ダークサイドはとりわけて隠してもいませんが、別に積極的に表出させてるわけでもないつもりだったんだけどなあ。やっぱり漏れ出ちゃうネ!☆
ひたすらの真理だと思いました。頭では理解してるつもりですが、改めて明文化されたお言葉を読んで、ヴッッッッ となった次第です。
笑っちゃうと思うけど私はどこまでも自分に自信がないです。頭では分かってるつもり。私は勉強得意だし、少しは絵が描けるし……。人生の目標や生きがいが明白だし、いろんな楽しいことを知ってるし。いっぱい良いとこあるんだろう。とは。
でもそれは単なる事実という情報でしかないです。自信ってのはそうじゃない…そうじゃないんだよぉ…。良いところを知った上で、だから自分を信じていこう、っていう湧き上がる確固たる感情のような…。
自分の長所に関して言うなら、どんなに勉強ができようが駄目人間であることに変わりはない。むしろ親にここまで投資してもらって奨学金なしに四大まで出させてもらったのに…みたいなね。自分が恥ずかしくて仕方ないです。勉強が何一つ評価され得ない。
穏やかっぽいというか単に度胸がないだけ…。ことなかれ主義なんですよね。
とかね~そんな感じで。私という個人を構成する様々な技術や特性はあってもあってもそれを解釈する私の根性がねじ曲がっているので、なんの取り柄にもなってないということです。
絵・創作なんかほんとに笑っちゃうもん…。なんで描いてんだろね。むしろこんな生き方知らないほうがずっと楽だったのにね。
まあ心の細かい働きはどうあれ何を思うにつけても「自分ゴミ、死ね」に結びついてしまう。それはひとえに自信のなさであって、自己肯定感の低さなんでしょう。
自己肯定感の本質は「自己への肯定」なので、厳密には「自己の長所への肯定」ではないんですよね。そうとは限らない。むしろありのままの自分を受け入れて、認めて、「まぁいっか~アハハ」と思うに至ったときこそが最も自己肯定感に近づけているのではないかと。
ただ(私もそうなんですけど)自分の短所が目についてしんどくてしょうがない人なんかは、短所を前にして「まぁいっか~」と笑うことは至難の業であるため、長所を肯定していったほうが容易で現実的、というだけの話です。実際ありのままの自分を受け入れることほど難しいことはないですからね。
見付けていったり、見方を工夫してみたり、伸びしろのあるところを伸ばしていってあげたりですね。
(ちなみにそのような視点の切り替えや自己の向上がいっさいはかれなくなったときが認知が歪んでるメンヘラ状態じゃないかなあ)
私の性格上こう見えて潔癖というか…分不相応な向上心、高すぎる理想というのが得意技なので、短所を短所としてとらえた上で「まぁいっか」に至ることが本当に本当に難しいのです。そんなふうに過ごしてるから常日頃ジレンマに陥っててストレスという。
じゃあもっと素直に長所を見付けて伸ばしていって、自信あるというプラスの状態に持っていくしかないのでしょうけど、どう客観的に見積もってもそれも無理。
つまり八方ふさがりです。イェーイ!!
(続く)
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