No.406
2025/12/24 編集
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美しいと思ってきた、信じてきたはずのものを忘れてまで生き永らえたくない。変わってしまいたくない。
だけど自分とて俗世の凡俗であることに変わりないから、高貴な自決なぞできるはずもなく…。変わることも変わらないこともできずただそこにあり続ける。現実に置いていかれながら。
水野先生の「ボロヴィニア再録集」読みながらおいおいと泣いて共感?していました…。
変わるとか変わらないとかのテーマが永遠に好きで、分かりやすい例がメタベイのチームダンジョンなんですよねぇ。
変わっていく正宗と変わることを拒んだ(故に何か違うものに変質してしまった)ゼオ。そこに留まるしかできないトビー。
なぜ当時の私が彼らに狂うほどに傾倒したかというと、この歪な三角関係にくそほど…くそほど共鳴したからなんですよね〜。主にはゼオに共感しすぎてしまった。
何を隠そうともしませんが、私は圧倒的ゼオタイプです。好きな人にも世界にも変わってほしくない。ずーっとあのときの楽しかった思い出を抱えて、外の世界の煩わしいことなんかに腐らされずに笑っていたいよ…。
端的に言えば子どものままでいたいんですね。
水野先生はそれを特に女の子どもに焦点を当て、「少女性」として描き切ってイます。それがどうにもこうにも…うわ〜いじらしく愛おしい。