No.9
2016/3/21 好きなもの 編集
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ネタバレありです
そしてヒカルの碁においてもう一つ、特別好きなシーンがあります。自分が現世に蘇ってヒカルに出会った理由を佐為が悟るシーンです。
佐為は「神の一手」に現在最も近いと言われる棋士、塔矢行洋との対局を果たしました。作中最強クラスのこの二人の対局というだけで大変熱く盛り上がる展開なのですが、その対局に勝ち、やり切った気持ちでいる佐為にヒカルが言います。このときこう打っていたら塔矢名人の勝ちだった。そしてそんなヒカルを見て佐為は悟ります、「私が蘇ったのはヒカルにこの対局を見せるためだった」と。
ヒカルという棋士としてのポテンシャルを秘めた少年を囲碁の道に誘って、そしてハイレベルな対局を一番近い位置で見せ、佐為にも塔矢行洋にも見つからなかった一手に気付かせる。ほんの一瞬のこの気付きのためにこそ自分はここにいたのだと。
このシーンも、楽しいとか悲しいとか、言葉ではうまく形容できない気持ちで胸がいっぱいになります。
ヒカルが気付いた一手は、極限での戦いの行方を左右する、まさに神の一手に近付くための一手でした。これは決してヒカルが二人に勝ったということではなく、塔矢行洋と向かい合って佐為の示す手を打つという特異な位置にいたからこそ気付けた、奇跡のようなものだったのだと思います。それでもこの対局と気付きはヒカルを大きく成長させました。このたった一瞬のためにこそ囲碁をやっているのだろう、というその重みを強く感じることができました。
佐為の、あくまで自分ではなくヒカルがこの一手に気付くために自分はここに甦らされたのだという悟りは一見残酷なようですが、一人ではできない囲碁の道の在り方がここでも表れています。こうやって人々が関わり合ってこそ囲碁の道が出来上がって腕前が高められていく。一人一人の棋士が必要不可欠な存在である。その在り方がこの作品ではこんなにも強くドラマティックにえがかれていて、だから私はヒカルの碁が好きです。
「一瞬のために全てはあった」感が私はとても好きです。学問でも芸術でもスポーツでも、ほんの少しの前進のために膨大な時間、手間、労力、金銭をかける。しかし前進や成功が必ずしも約束されているわけではない。それでその道から離れてしまう人もいるけれど、それでも離れられずにもがき苦しみながら進もうとがんばる人がいる。がんばってがんばってがんばったその先に掴める何か、一瞬の何かを探している。その一瞬は確かに投じたコストに見合わないほんのささいなものなのかもしれないけれと、本当はそれこそが何物にも代え難い尊いものである。そういう感じがとても好きです。
これがヒカルの碁ではありありとえがかれています。とても素敵です。感動します。
長々と書きましたが、結論としては「ヒカルの成長する展開がドラマティックでおもしろい、熱い」「囲碁の道の描かれ方が好き」「伊角さんが好き」「一番好きなシーンがやばい」です。
また、いろんなキャラが出てくるので気軽にキャラ萌えも楽しめます!どのキャラも個性的で魅力があって、この作品における囲碁の世界を形作っています。院生時代の仲良しトリオ好き~!かわいい!
主人公・ヒカルとライバル・塔矢アキラとの関係もとても独特で好きです。ヒカルの中にいる佐為の強さに魅せられて、ヒカル(佐為)を追うアキラ、そのずっと下からアキラを追うヒカル。そして17巻にしてようやく主人公とライバルの初対局が実現し、その中でアキラがヒカルの中にいる佐為の存在に気付く。この展開は熱いし感動します。それまでヒカルしか知らなかった、ヒカルの中でしか存在し得なかった佐為が、囲碁を通してその存在をアキラに気付いてもらえた。佐為を失ったヒカルが辿りついた答え、「自分の打つ碁の中で佐為は生き続ける」が、これでもかとばかりに描写されます。このシーンも本当に大好きです。
余談ですが、私は読む前はこの作品のタイトルを「ヒカルの墓」だと勘違いしていて、すげー漫画だな…と思っていました。