No.4, No.3, No.2, No.1[4件]
続きです
この時期から当時の絵が見つかったので掲載します。選んだ基準は「当時の技術が比較的現れているもの」つまり下手なのが分かりやすいものです。
ところで前回の記事を読み返していたんですが、藤木のギャグは「ウンバラウンバッバー」でしたね!現在の自分が勘違いしていただけなのか、もしくは12年間違えていたのか、とても気になります!
~別名「大別館時代」~
#2006年頃? 「Another moon」開設
<a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/anmoon1.... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-88.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="anmoon1" border="0" width="300" height="266" /></a> <a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/anmoon2.... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-88.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="anmoon2" border="0" width="300" height="278" /></a>
この振り返りを書くにあたって最後までこのサイトの存在を失念していました!ごめんね!過去の古い絵を探しているときにデータを見つけて思い出しました、リュウキ初めての別館です。ジャンルはサモンナイトのCP二次創作でした。corrupt moonの別館ということで、サイト名は安直に「もう一つの月」です。なぜかこちらは先頭を大文字にするそのセンス…嫌いじゃない!
更新履歴がなかったのでこの別館だけ開設日が分かりませんでした。
この頃からサモンナイトにおける好きCPが微動だにしていなくて、振り返っていて何だか和みました。そうだよ10年越しの思いなんだよ…!(実は去年秋のサモオンリーにて、サークル参加をして好きCP4つを詰めた同人誌を作っていました。念願でした!!!)
本当は絵や漫画を描きたかったと思うんですが、男描けない!絡み描けない!漫画描けない!と、実行に移すことができずに小説に逃げていました。作品の総数自体がそう多くはなかったのですが、絵については掲載した2枚ともう1枚、計3枚だけでした。少ないですね。
しかしその肝心の小説も、内容がないようでよく分からない、雰囲気小説にすらなりきれていない、どうしようもないものでした。「何か良いっぽいものを描こうとしていることは分かる」程度。技術の未熟さは絵だと一見してすぐに分かりますが、小説は、いちおう会話文と地の文で構成されてはいるのでギリギリ体裁は保っている分、読んでからじわじわ染み入ってきて、こちらはこちらで中々つらかったです。
絵は下手ですね!線が汚い。うまく描けないのを迷い線により見ないようにしています。でも絵柄や雰囲気がこの頃からあまり変わっていません。良いのか悪いのか。
#2007年9月4日 「10年戦争」開設
<a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/teny1.pn... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-88.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="teny1.png" border="0" width="300" height="191" /></a> <a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/teny2.jp... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-88.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="teny2.jpg" border="0" width="217" height="300" /></a> <a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/teny3.jp... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-88.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="teny3.jpg" border="0" width="300" height="92" /></a>
移植版の発売もありFFTが再燃したので作りました。FFT汎用(という名目のザルバッグの部下という設定のオリジナルキャラクター)二次創作サイトです。一番描きたい話のタイトルが「十年戦争」なのでそれにまつわるサイト名を付けた…ということはなく、実はサイト名のほうが先行しています。結局今では作品のタイトルになっていてまだ書き始めていないので多くを語ることはできませんが、ザルバッグやザルバッグ隊に関する思いがいろいろとあってサイト名を付けて、その後でメインとなる作品を考えるにあたり、「あっこのサイト名をタイトルにしちゃえばいいのでは!?」と思いついた流れです。
2010年初頭まで10年戦争を運営していました。このとき一度「十年戦争」は完結させているのですが、まだ思い残すところがあるのでまたいずれ再編して書き直そうと思っています。なので現在サイトの一コンテンツとしてページ跡地が残っています。ただ、もしかしたら十年戦争を書き直す際にまた別のサイトとして分離するかもしれません。その辺りは何となく悩んでいます。
このキャラクターたちはたぶん2004年頃に考えたので、ともすると存在自体が黒歴史になりかねないのですが、未だに現役で話を描く気でいるという状態で、思い入れも大変なことになっています。率直に言うとザルバッグとザルバッグ隊が大好きです!!!
一番最初に考えたのがシェルディで、次がエバンナ、その後に一気にウィリーカーティスクィンです。サイトで発表する前は、せっかく考えたキャラクターだけどオリジナル要素ひどいし表には出せないよな…ということで、当時考えていたオリジナルの話(漫画が描けるようになったら描くつもりだったらしい)のキャラクターに昇華させるようなこともしていたくらいでした。表に出せてよかったね。
Another moonよりは絵を描いていたし漫画のようなものも描いていました。小説も書きました。たくさん語りました。とても楽しかったです。
それなりの期間に渡って作品を作っていたので、一つのサイト内で変化が凄かったです。キャラの服装すら二転三転していました。本当に初期の頃の作品はまじで見られたものじゃない!!ギャグ漫画と2010年以降の作品は辛うじて見られます。
小説はAnother moonの頃に比べれば内容があるようになってきました。それでもまだ厳しいです。私、小説は書けるかも!?と思って調子に乗ってくどい文章を書くようになりました。アクションも描けちゃうつもりでいたようです。
絵については目立った技術の向上はありませんでしたが、一応…何とか…ギリギリ…サイトに公開できる体裁のファイルは作れるようになったのを感じました。たまにはペン入れもしたし。漫画にセリフも打ち込んだし。何だかだんだん子どもの成長を見守る親の気分になってきました。
ただ、個人的に一番許せないのはザルバッグが好きなくせに一番描いていなかったことです。
#2009年8月16日 「ONEGER」開設
<a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/oneger1.... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-88.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="oneger1.jpg" border="0" width="248" height="300" /></a> <a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/oneger2.... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-88.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="oneger2.gif" border="0" width="213" height="300" /></a>
「10年戦争」を運営する傍ら、不意打ちでドラゴンクエスト9にはまったのでサイト「ONEGER」を開設しました。このサイトも10年初頭まで運営していました。なので09年~10年はサイトを3つ持っていたことになりますね。ただこの時期は肝心のここをほぼ更新していなかったので、実質2つということになりますが…。それでもmemoにあたるコンテンツをどのサイトも何かしら持っていたところは素直に凄いと思います。今の状態からは想像もできません。
ONEGERは、サイトを開くきっかけとなったイザヤール師匠の発言「弟子をよろしくお願いします」から採りました。おねがーです。このセンス、悪くない。正直に言うと今でもかなり気に入っているサイト名です。
今は作品も全部取っ払った完全な更地のみ残っているだけですが、ファイルを見返してみると当時の更新頻度がやばいとしか言いようがないです。約8か月しか運営していなかったのにコンテンツの量が大変充実していました。質については触れられません。
今となってはとにかく昔の作品が拙くて見られたものではないのですが、ドラクエ9もトラヴィアもイザヤールもニードもリッカも大好きだしサイトや作品は大切な自分の軌跡なので、何とかして再編成して再公開できないかともくろんでいます。何とかします。がんばります。
ちなみにドラクエ9で初めて同人誌を作りました。夢が叶いましたー!それもあって大変思い入れが深いジャンルです。
とにかく萌えが有り余ってかなりエネルギッシュに活動していました。そこのところは見習いたい点です。
ただ、悪く言えばそれしかなくて、そのために今では見返せない作品が多いのだと思います。勢いで創作していた面が強いから粗が目立つ。このサイトでは絵や漫画を積極的に描いていて、ペン入れもかなりしているし、そこは良いことだと思うのですが、絵自体の出来がとにかくひどい!常に作画崩壊しているレベル。
萌えが強かっただけあって、長年あった、小説の内容がないようの難点からは脱しつつあります。これが好き、これが描きたい!という情熱がどの作品からもよく伝わってきます。そこは好き。ただ少し描写がしつこいです。キャラクターの心情やその他諸々、考えたことを余すところなく出したかったんだと思うのですが、やりすぎて全体のテンポが損なわれることが多々ありました。何でも描けばいいってもんじゃないですよ…。
あとやっぱり当時のレベルからいって無理だったんだと思うんですが、イザヤール師匠を絵で描いていないっぷりがひどい!パーティメンバーも下手に年長の設定にしたからまるで描けず…。ニードはどうにかこうにか描いていましたが、今でも覚えています、一度として描きやすいと思ったことがなかった。
デフォルメをよく描いていただけあってこの時期でずいぶん洗練されたと思います。
余談ですが、現在漫画のコマ割でよくやってしまう癖が当時からあったことに気付いて頭を抱えています。
この頃は別館をいくつか作ったりして、最初はまるで描けなかった絵や漫画も(一応は)作れるようにはなってきましたが、絵を描く技術自体は特別向上しているようには見えませんでした。
今となってはその理由は、描けるものを描けるようにしか描かなかったからであると思います。CP二次創作をしたいのに、男や男女の絡みが描けないからと小説に逃げる。サイトで扱うメインキャラを描く力量がないから滅多に描かない。デフォルメを描いてごまかす。そういうことばかりしていたから技術の向上はあまりしなかった。
それでも、当時の経験があるからこそ今の自分に繋がっているわけだし、全てが全く無意味だったと言うわけではありません。作品の形式を作ることができるようになる、というのも一つの進化だし、ほんの少しなら絵を描く技術も向上しています。
何より、作ることに対して抵抗がなくなった・作ることが楽しい!と思えるようになったことや、誰かに作品を見て頂くという経験をしたことが、一番の成果だったのではないかと思います。
作品に対してわりとボロクソに言ってしまいましたが、作ったものは全部、自分の本当に大切な過去です。
補足)度々「小説に逃げている」という書き方をしましたが、確かに小説は文章さえ書ければ本当に最低限の体裁だけは整うので誰でも手を出しやすい分、名実共に「小説」として成り立つためには高い壁があるのでは…と思っています。なので決して絵より小説のほうが楽であると言うつもりはありません。小説の神様、逃げ道に使ってごめんなさい!
続きます
この時期から当時の絵が見つかったので掲載します。選んだ基準は「当時の技術が比較的現れているもの」つまり下手なのが分かりやすいものです。
ところで前回の記事を読み返していたんですが、藤木のギャグは「ウンバラウンバッバー」でしたね!現在の自分が勘違いしていただけなのか、もしくは12年間違えていたのか、とても気になります!
~別名「大別館時代」~
#2006年頃? 「Another moon」開設
<a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/anmoon1.... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-88.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="anmoon1" border="0" width="300" height="266" /></a> <a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/anmoon2.... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-88.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="anmoon2" border="0" width="300" height="278" /></a>
この振り返りを書くにあたって最後までこのサイトの存在を失念していました!ごめんね!過去の古い絵を探しているときにデータを見つけて思い出しました、リュウキ初めての別館です。ジャンルはサモンナイトのCP二次創作でした。corrupt moonの別館ということで、サイト名は安直に「もう一つの月」です。なぜかこちらは先頭を大文字にするそのセンス…嫌いじゃない!
更新履歴がなかったのでこの別館だけ開設日が分かりませんでした。
この頃からサモンナイトにおける好きCPが微動だにしていなくて、振り返っていて何だか和みました。そうだよ10年越しの思いなんだよ…!(実は去年秋のサモオンリーにて、サークル参加をして好きCP4つを詰めた同人誌を作っていました。念願でした!!!)
本当は絵や漫画を描きたかったと思うんですが、男描けない!絡み描けない!漫画描けない!と、実行に移すことができずに小説に逃げていました。作品の総数自体がそう多くはなかったのですが、絵については掲載した2枚ともう1枚、計3枚だけでした。少ないですね。
しかしその肝心の小説も、内容がないようでよく分からない、雰囲気小説にすらなりきれていない、どうしようもないものでした。「何か良いっぽいものを描こうとしていることは分かる」程度。技術の未熟さは絵だと一見してすぐに分かりますが、小説は、いちおう会話文と地の文で構成されてはいるのでギリギリ体裁は保っている分、読んでからじわじわ染み入ってきて、こちらはこちらで中々つらかったです。
絵は下手ですね!線が汚い。うまく描けないのを迷い線により見ないようにしています。でも絵柄や雰囲気がこの頃からあまり変わっていません。良いのか悪いのか。
#2007年9月4日 「10年戦争」開設
<a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/teny1.pn... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-88.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="teny1.png" border="0" width="300" height="191" /></a> <a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/teny2.jp... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-88.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="teny2.jpg" border="0" width="217" height="300" /></a> <a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/teny3.jp... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-88.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="teny3.jpg" border="0" width="300" height="92" /></a>
移植版の発売もありFFTが再燃したので作りました。FFT汎用(という名目のザルバッグの部下という設定のオリジナルキャラクター)二次創作サイトです。一番描きたい話のタイトルが「十年戦争」なのでそれにまつわるサイト名を付けた…ということはなく、実はサイト名のほうが先行しています。結局今では作品のタイトルになっていてまだ書き始めていないので多くを語ることはできませんが、ザルバッグやザルバッグ隊に関する思いがいろいろとあってサイト名を付けて、その後でメインとなる作品を考えるにあたり、「あっこのサイト名をタイトルにしちゃえばいいのでは!?」と思いついた流れです。
2010年初頭まで10年戦争を運営していました。このとき一度「十年戦争」は完結させているのですが、まだ思い残すところがあるのでまたいずれ再編して書き直そうと思っています。なので現在サイトの一コンテンツとしてページ跡地が残っています。ただ、もしかしたら十年戦争を書き直す際にまた別のサイトとして分離するかもしれません。その辺りは何となく悩んでいます。
このキャラクターたちはたぶん2004年頃に考えたので、ともすると存在自体が黒歴史になりかねないのですが、未だに現役で話を描く気でいるという状態で、思い入れも大変なことになっています。率直に言うとザルバッグとザルバッグ隊が大好きです!!!
一番最初に考えたのがシェルディで、次がエバンナ、その後に一気にウィリーカーティスクィンです。サイトで発表する前は、せっかく考えたキャラクターだけどオリジナル要素ひどいし表には出せないよな…ということで、当時考えていたオリジナルの話(漫画が描けるようになったら描くつもりだったらしい)のキャラクターに昇華させるようなこともしていたくらいでした。表に出せてよかったね。
Another moonよりは絵を描いていたし漫画のようなものも描いていました。小説も書きました。たくさん語りました。とても楽しかったです。
それなりの期間に渡って作品を作っていたので、一つのサイト内で変化が凄かったです。キャラの服装すら二転三転していました。本当に初期の頃の作品はまじで見られたものじゃない!!ギャグ漫画と2010年以降の作品は辛うじて見られます。
小説はAnother moonの頃に比べれば内容があるようになってきました。それでもまだ厳しいです。私、小説は書けるかも!?と思って調子に乗ってくどい文章を書くようになりました。アクションも描けちゃうつもりでいたようです。
絵については目立った技術の向上はありませんでしたが、一応…何とか…ギリギリ…サイトに公開できる体裁のファイルは作れるようになったのを感じました。たまにはペン入れもしたし。漫画にセリフも打ち込んだし。何だかだんだん子どもの成長を見守る親の気分になってきました。
ただ、個人的に一番許せないのはザルバッグが好きなくせに一番描いていなかったことです。
#2009年8月16日 「ONEGER」開設
<a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/oneger1.... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-88.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="oneger1.jpg" border="0" width="248" height="300" /></a> <a href="http://ctoc447.blog.fc2.com/img/oneger2.... target="_blank"><img src="https://blog-imgs-88.fc2.com/c/t/o/ctoc4... alt="oneger2.gif" border="0" width="213" height="300" /></a>
「10年戦争」を運営する傍ら、不意打ちでドラゴンクエスト9にはまったのでサイト「ONEGER」を開設しました。このサイトも10年初頭まで運営していました。なので09年~10年はサイトを3つ持っていたことになりますね。ただこの時期は肝心のここをほぼ更新していなかったので、実質2つということになりますが…。それでもmemoにあたるコンテンツをどのサイトも何かしら持っていたところは素直に凄いと思います。今の状態からは想像もできません。
ONEGERは、サイトを開くきっかけとなったイザヤール師匠の発言「弟子をよろしくお願いします」から採りました。おねがーです。このセンス、悪くない。正直に言うと今でもかなり気に入っているサイト名です。
今は作品も全部取っ払った完全な更地のみ残っているだけですが、ファイルを見返してみると当時の更新頻度がやばいとしか言いようがないです。約8か月しか運営していなかったのにコンテンツの量が大変充実していました。質については触れられません。
今となってはとにかく昔の作品が拙くて見られたものではないのですが、ドラクエ9もトラヴィアもイザヤールもニードもリッカも大好きだしサイトや作品は大切な自分の軌跡なので、何とかして再編成して再公開できないかともくろんでいます。何とかします。がんばります。
ちなみにドラクエ9で初めて同人誌を作りました。夢が叶いましたー!それもあって大変思い入れが深いジャンルです。
とにかく萌えが有り余ってかなりエネルギッシュに活動していました。そこのところは見習いたい点です。
ただ、悪く言えばそれしかなくて、そのために今では見返せない作品が多いのだと思います。勢いで創作していた面が強いから粗が目立つ。このサイトでは絵や漫画を積極的に描いていて、ペン入れもかなりしているし、そこは良いことだと思うのですが、絵自体の出来がとにかくひどい!常に作画崩壊しているレベル。
萌えが強かっただけあって、長年あった、小説の内容がないようの難点からは脱しつつあります。これが好き、これが描きたい!という情熱がどの作品からもよく伝わってきます。そこは好き。ただ少し描写がしつこいです。キャラクターの心情やその他諸々、考えたことを余すところなく出したかったんだと思うのですが、やりすぎて全体のテンポが損なわれることが多々ありました。何でも描けばいいってもんじゃないですよ…。
あとやっぱり当時のレベルからいって無理だったんだと思うんですが、イザヤール師匠を絵で描いていないっぷりがひどい!パーティメンバーも下手に年長の設定にしたからまるで描けず…。ニードはどうにかこうにか描いていましたが、今でも覚えています、一度として描きやすいと思ったことがなかった。
デフォルメをよく描いていただけあってこの時期でずいぶん洗練されたと思います。
余談ですが、現在漫画のコマ割でよくやってしまう癖が当時からあったことに気付いて頭を抱えています。
この頃は別館をいくつか作ったりして、最初はまるで描けなかった絵や漫画も(一応は)作れるようにはなってきましたが、絵を描く技術自体は特別向上しているようには見えませんでした。
今となってはその理由は、描けるものを描けるようにしか描かなかったからであると思います。CP二次創作をしたいのに、男や男女の絡みが描けないからと小説に逃げる。サイトで扱うメインキャラを描く力量がないから滅多に描かない。デフォルメを描いてごまかす。そういうことばかりしていたから技術の向上はあまりしなかった。
それでも、当時の経験があるからこそ今の自分に繋がっているわけだし、全てが全く無意味だったと言うわけではありません。作品の形式を作ることができるようになる、というのも一つの進化だし、ほんの少しなら絵を描く技術も向上しています。
何より、作ることに対して抵抗がなくなった・作ることが楽しい!と思えるようになったことや、誰かに作品を見て頂くという経験をしたことが、一番の成果だったのではないかと思います。
作品に対してわりとボロクソに言ってしまいましたが、作ったものは全部、自分の本当に大切な過去です。
補足)度々「小説に逃げている」という書き方をしましたが、確かに小説は文章さえ書ければ本当に最低限の体裁だけは整うので誰でも手を出しやすい分、名実共に「小説」として成り立つためには高い壁があるのでは…と思っています。なので決して絵より小説のほうが楽であると言うつもりはありません。小説の神様、逃げ道に使ってごめんなさい!
続きます
内容のある話をしたいと思ってmemoをblogにしてみました。
リュウキ自身の趣向として、そもそも好きなものや考えたことについてを語ったり語りを見たりするのが好きなんですが、最近は小説を書いていないしとにかく文章を書かなくて文章能力がだだ下がっている気がするので、これからはちょくちょく書いて脳みそを刺激していきたいです。そしていずれまた小説で描きたいものが浮かんだら小説を書く!
しかし今日も特に話題が浮かびませんでした。せっかくなのでリュウキの創作活動の経歴について振り返ってお話しします。少し前にこのサイトが12周年を迎えたことですしね。
~初期~
#2004年1月15日 サイト開設
少女漫画の絵を描くサイトとして始めました。当時のサイト名は「ウンバラウッバッバー」。天使な小生意気の藤木のギャグが元ネタです。(分からない人は読もう!)
少女漫画の絵を描くという仮にも少女向けのサイトであるはずなのにこのおしゃれさの欠片もないサイト名を付けたところに、当時からの私のセンスが伺えます。藤木は良いキャラです。大好き!
サイト名やHNをちょいちょい変えつつ今の形に落ち着きました。サイト名「corrupt moon」はサモンナイトとクロノクロスの影響でその頃特に月が好きだったので、なぜか(なぜか)「堕落した月」というキーワードでエ○サイト翻訳をして出てきた言葉を採用しました。HNはクロノクロスの影響などがあってその頃から竜・龍が好きだったので、それっぽい雰囲気で「リュウキ」と名乗り始めました。
どちらも何分かなり前に決めたものなので、率直に言うと気に入っておらず変えたいです。ただ長年使っていて愛着があるので(リュウキと呼ばれることにも慣れてしまいましたし)決心がつきません。
たぶん1年と少しで夢小説サイトになりました。サイトにはもうありませんが初めて書いて公開したのはシャーマンキングのホロホロ夢です。一緒に蝉が死ぬのを見るという、意味の分からない萌えどころもよく分からない内容だったのを未だに覚えています。
マンキンで書いたのはそれ一つだけで、他は主にFF7や8、TOSやAの夢を書いていました。サイトにはTOAの逆トリップ連載がまだ掲載されていますが、これが手元に残っている、サイトに一度でも公開したうちで最古の夢小説です。
やっぱり内容のよく分からない短編夢小説はともかくとしても、FF7のレノ連載は、初めて完結させたそれなりに長さのある物語だったので、喉から手が出るほど読みたいです。消したので読めません。過去の自分を許せない。
夢小説に限らずですが、主に2006年以前の作品が手元に残っていません。サイト開設以前~当初の少女漫画の絵もぜひ見たいのに。とても悲しいです。
オリジナルの作品を描きたいという願望は当時からあったのですが、この頃は全く描いていませんね。最終的な目標はオリジナルの漫画を描くことのはずでしたが、「今の自分には漫画なんて描けない」「いつかやろう」みたいな気持ちがあり、要は逃げていたのだと思います。
また、夢小説というものに出会って、「こんな形で、自分が今までしていた妄想を具現化することができるなんて!」といたく感動しており、自分でそれを書くことがとてつもなく楽しかったこともありました。
安直にその場その場の萌えを消化して過ごしていましたが、この頃に読んだとある夢小説に心を動かされ、「自分もこんなお話が描きたい!」と強く思い、初めて「物語を描く」ということを意識して作ったのが「ねえ一度だけでいいから、名前を呼んで」です。大変古く、正直見るに堪えない作品であるのに、未だに掲載しているのはそれが理由です。思い入れの強い、大切な作品です。
当時の絵を公開できたらよかったんですがまじで全く残っていません!\(^o^)/
続きます
リュウキ自身の趣向として、そもそも好きなものや考えたことについてを語ったり語りを見たりするのが好きなんですが、最近は小説を書いていないしとにかく文章を書かなくて文章能力がだだ下がっている気がするので、これからはちょくちょく書いて脳みそを刺激していきたいです。そしていずれまた小説で描きたいものが浮かんだら小説を書く!
しかし今日も特に話題が浮かびませんでした。せっかくなのでリュウキの創作活動の経歴について振り返ってお話しします。少し前にこのサイトが12周年を迎えたことですしね。
~初期~
#2004年1月15日 サイト開設
少女漫画の絵を描くサイトとして始めました。当時のサイト名は「ウンバラウッバッバー」。天使な小生意気の藤木のギャグが元ネタです。(分からない人は読もう!)
少女漫画の絵を描くという仮にも少女向けのサイトであるはずなのにこのおしゃれさの欠片もないサイト名を付けたところに、当時からの私のセンスが伺えます。藤木は良いキャラです。大好き!
サイト名やHNをちょいちょい変えつつ今の形に落ち着きました。サイト名「corrupt moon」はサモンナイトとクロノクロスの影響でその頃特に月が好きだったので、なぜか(なぜか)「堕落した月」というキーワードでエ○サイト翻訳をして出てきた言葉を採用しました。HNはクロノクロスの影響などがあってその頃から竜・龍が好きだったので、それっぽい雰囲気で「リュウキ」と名乗り始めました。
どちらも何分かなり前に決めたものなので、率直に言うと気に入っておらず変えたいです。ただ長年使っていて愛着があるので(リュウキと呼ばれることにも慣れてしまいましたし)決心がつきません。
たぶん1年と少しで夢小説サイトになりました。サイトにはもうありませんが初めて書いて公開したのはシャーマンキングのホロホロ夢です。一緒に蝉が死ぬのを見るという、意味の分からない萌えどころもよく分からない内容だったのを未だに覚えています。
マンキンで書いたのはそれ一つだけで、他は主にFF7や8、TOSやAの夢を書いていました。サイトにはTOAの逆トリップ連載がまだ掲載されていますが、これが手元に残っている、サイトに一度でも公開したうちで最古の夢小説です。
やっぱり内容のよく分からない短編夢小説はともかくとしても、FF7のレノ連載は、初めて完結させたそれなりに長さのある物語だったので、喉から手が出るほど読みたいです。消したので読めません。過去の自分を許せない。
夢小説に限らずですが、主に2006年以前の作品が手元に残っていません。サイト開設以前~当初の少女漫画の絵もぜひ見たいのに。とても悲しいです。
オリジナルの作品を描きたいという願望は当時からあったのですが、この頃は全く描いていませんね。最終的な目標はオリジナルの漫画を描くことのはずでしたが、「今の自分には漫画なんて描けない」「いつかやろう」みたいな気持ちがあり、要は逃げていたのだと思います。
また、夢小説というものに出会って、「こんな形で、自分が今までしていた妄想を具現化することができるなんて!」といたく感動しており、自分でそれを書くことがとてつもなく楽しかったこともありました。
安直にその場その場の萌えを消化して過ごしていましたが、この頃に読んだとある夢小説に心を動かされ、「自分もこんなお話が描きたい!」と強く思い、初めて「物語を描く」ということを意識して作ったのが「ねえ一度だけでいいから、名前を呼んで」です。大変古く、正直見るに堪えない作品であるのに、未だに掲載しているのはそれが理由です。思い入れの強い、大切な作品です。
当時の絵を公開できたらよかったんですがまじで全く残っていません!\(^o^)/
続きます
2007年9月4日 「10年戦争」開設
移植版の発売もありFFTが再燃したので別館のようなつもりでサイト「10年戦争」を作りました。一番描きたい話のタイトルが「十年戦争」なのでそれにまつわるサイト名…ということはなく実はサイト名のほうが先行しています。結局今では作品のタイトルになっていてまだ書き始めていないので多くを語ることはできませんが、ザルバッグやザルバッグ隊に関する思いがいろいろとあってサイト名を付けて、その後でメインとなる作品を考えるにあたり、「あっこのサイト名をタイトルにしちゃえばいいのでは!?」と思いついた次第です。
2010年初頭まで10年戦争を運営していました。このとき一度「十年戦争」は完結させているのですが、まだ思い残すところがあるのでまたいずれ再編して書き直そうと思っています。なので現在サイトの一コンテンツとしてページ跡地が残っています。
ただ、もしかしたら十年戦争を書き直す際にまた別のサイトとして分離するかもしれません。その辺りは何となく悩んでいます。
2009年8月16日 「ONEGER」開設
「10年戦争」を運営する傍ら、不意打ちでドラゴンクエスト9にはまったのでサイト「ONEGER」を開設しました。このサイトも10年初頭まで運営していました。なので09年~10年はサイトを3つ持っていたことになりますね。ただこの時期は肝心のここをほぼ更新していなかったので、実質2つということになりますが…。それでもmemoにあたるコンテンツをどのサイトも何かしら持っていたところは素直に凄いと思います。今の状態からは想像もできません。
ONEGERは、サイトを開くきっかけとなったイザヤール師匠の発言「弟子をよろしくお願いしますから採りました。おねがーです。このセンス、悪くない。正直に言うと今でもかなり気に入っているサイト名です。
今は作品も全部取っ払った完全な更地のみ残っているだけですが、ファイルを見返してみると当時の更新頻度がやばいとしか言いようがない。1年足らずの期間しか運営していなかったのにコンテンツの量が大変充実していました。質については触れられません。
今となってはとにかく昔の作品が拙くて見られたものではないのですが、ドラクエ9もトラヴィアもイザヤールもニードもリッカも大好きだしサイトや作品は大切な自分の軌跡なので、何とかして再編成して再公開できないかともくろんでいます。何とかします。がんばります。
ドラクエ9で始めて同人誌を作りました。夢が叶いましたー!それもあって大変思い入れが深いジャンルです。
2010年夏 pixiv交流企画参加
なぜかこの頃アカウントだけは持っていて存在を忘れていたpixivを思い出して有効活用しようと思いつき、交流企画「ぴくネコ」に参加し始めました。ここからぴくネコの続編「ぴくネコ2」の期間中と、自キャラの話にキリをつけるくらいまで…2013年2月まで、特に企画漫画を描いていました。
ONEGERで漫画らしきものを描くようになり交流企画でコマをそれなりにちゃんと割った漫画を頻繁に描いていたので、この時期に自分の漫画を描く技術がかなり向上…してたらいいな~。
2011年2月27日 「カテナリー」解説
不意打ちでメタルファイトベイブレード爆にはまったので、サイト「カテナリー」を開設しました。このサイトは現在まで作品等そのままで公開していますが、13年頃に描きたい話もあらかた描いてしまったので今はほぼ更新していません。サイト名は、大好きなチームダンジョンの一人、ゼオの発言「おまえはまた勝手な思い込みでおれを振り回すのか!」から採りましたが、問題なのはこの発言が公式には存在していないことです。勝手に浮かんだセリフが実際に作中で言われていると思い込んでサイト名にしました(たぶん勘違いした原因の発言は「おれはもうおまえに振り回されるのはうんざりなんだよ!」という内容のものだと思います)。これはひどい。おまえが勝手な思い込みでゼオを振り回した!ONEGERとは違ってカテナリーはれっきとした単語なので、懸垂線好きだし、まあいいかな…と思ってそのままです。
先述したように自分のHNが気に入っていなかったので、せっかく新しくサイトを作って新しいジャンルでの活動を始めるんだし、ということで、kyuriというHNを新たに名乗りました。深い意味は全くない、ただのリュウキのアナグラムです。でもこちらはとても気に入っています。響きもいいしローマ字がかっこいい!
メタベイ二次サイトではありますがオリキャラがいます。今まで夢小説を書いてきましたが、自分がキャラと恋愛をしたいわけでもない、読者に自己投影させるつもりも全くない、ただのオリキャラと原作キャラの話が描きたかっただけだと気付いたので、開き直ってオリキャラとして公開しました。
小説連載の公開開始から完結までの期間が短すぎて、(つまりそれなりのものしか書いていないという側面もありますが)kyuriさんスゲー!カッケー!と思いました。連載は短期間で終わらせたいものです。
開き直って自分の萌えを描き切ったので楽しかったし満足しています。何とオリキャラのいる二次創作で同人誌まで作りました!kyuriさん最高ー!
こうして振り返ると自分のオリジナルキャラクターを動かしていない時期がほぼないので、もともとそういう星の元に生まれたのかなあと思います。純粋な二次創作を見るのは好きですが、自分があえて描くとなるとオリジナリティのあるものになってしまうのかもしれません。
07~12年まではこのように別館などの更新を主にしていました。12年もやってるわりにはこのサイトの作品が少ないのはこれが理由です。たくさん描きたいジャンルに出会うとなぜか別サイトを作ってしまうのです。この時期に地味に「アカシアの花」や「Inocent World」を書いたりもしていました。
未だに拙い作品ではありますが、何とかギリギリ作品の体裁を保てるようになったのが11年頃(カテナリー、交流企画後期)からかな、と思っています。
2013年2月
12年10月に夢にたかしと凛果の元となるキャラクターが出てきて、どはまりしたので小嘘つきが生まれました。そこからしばらく構成を練って、サイトに公開したのが13年2月で、そこからはご覧のとおり、小嘘つきをメインにこのサイトを主に更新し(ようとし)ています。
小嘘つきが終わるまではとにかく最優先で活動するつもりです。途中で息抜きなどをすることもあるとは思いますが…。
ずいぶんと長い期間この話を描いてはいますが、創作に対する姿勢は全く変わりなく、そのとき描きたいものをキリがつくまで描く、という心構えでいたいです。
なので小嘘つきが終わったらそのときはまたそのときに描きたいものを描きます。ただ、十年戦争についてはもう予定の一つになっているので、いつかは必ず描きます。ひとまず現在は小嘘つきが終わった次に描くつもりでいます。が、そのときに別の何かしらにモーレツにはまっていたらそれを描くのだと思います。一次か二次かは分からない…。
最近はアイドルマスターSideMの紅井朱雀くんと神速一魂が好きなので、神速+オリジナルPで(ラブ)コメディ漫画が描けたらな~と何となく思っています。そうですまた二次オリです。
いつでも何かしら創作活動をしているサイトと管理人ですが、そのときどきで精一杯活動して参りますので、もしご興味があれば見て頂けると嬉しいです。がんばります!
総評としては「サイト開設しすぎ」ですね…。でも今はサイト文化は最盛期は過ぎてしまったことと思いますし、SNSがとても便利なので、これから何かしら二次をやるとしてももうサイトは作らないかもしれません??
でもサイトというものが大好きなので、ここはずっと続けるつもりですし、既に作ったサイトは作品を見られる形で残しておきたいです。
長々と振り返りましたが、ここまでご覧くださりありがとうございました。
移植版の発売もありFFTが再燃したので別館のようなつもりでサイト「10年戦争」を作りました。一番描きたい話のタイトルが「十年戦争」なのでそれにまつわるサイト名…ということはなく実はサイト名のほうが先行しています。結局今では作品のタイトルになっていてまだ書き始めていないので多くを語ることはできませんが、ザルバッグやザルバッグ隊に関する思いがいろいろとあってサイト名を付けて、その後でメインとなる作品を考えるにあたり、「あっこのサイト名をタイトルにしちゃえばいいのでは!?」と思いついた次第です。
2010年初頭まで10年戦争を運営していました。このとき一度「十年戦争」は完結させているのですが、まだ思い残すところがあるのでまたいずれ再編して書き直そうと思っています。なので現在サイトの一コンテンツとしてページ跡地が残っています。
ただ、もしかしたら十年戦争を書き直す際にまた別のサイトとして分離するかもしれません。その辺りは何となく悩んでいます。
2009年8月16日 「ONEGER」開設
「10年戦争」を運営する傍ら、不意打ちでドラゴンクエスト9にはまったのでサイト「ONEGER」を開設しました。このサイトも10年初頭まで運営していました。なので09年~10年はサイトを3つ持っていたことになりますね。ただこの時期は肝心のここをほぼ更新していなかったので、実質2つということになりますが…。それでもmemoにあたるコンテンツをどのサイトも何かしら持っていたところは素直に凄いと思います。今の状態からは想像もできません。
ONEGERは、サイトを開くきっかけとなったイザヤール師匠の発言「弟子をよろしくお願いしますから採りました。おねがーです。このセンス、悪くない。正直に言うと今でもかなり気に入っているサイト名です。
今は作品も全部取っ払った完全な更地のみ残っているだけですが、ファイルを見返してみると当時の更新頻度がやばいとしか言いようがない。1年足らずの期間しか運営していなかったのにコンテンツの量が大変充実していました。質については触れられません。
今となってはとにかく昔の作品が拙くて見られたものではないのですが、ドラクエ9もトラヴィアもイザヤールもニードもリッカも大好きだしサイトや作品は大切な自分の軌跡なので、何とかして再編成して再公開できないかともくろんでいます。何とかします。がんばります。
ドラクエ9で始めて同人誌を作りました。夢が叶いましたー!それもあって大変思い入れが深いジャンルです。
2010年夏 pixiv交流企画参加
なぜかこの頃アカウントだけは持っていて存在を忘れていたpixivを思い出して有効活用しようと思いつき、交流企画「ぴくネコ」に参加し始めました。ここからぴくネコの続編「ぴくネコ2」の期間中と、自キャラの話にキリをつけるくらいまで…2013年2月まで、特に企画漫画を描いていました。
ONEGERで漫画らしきものを描くようになり交流企画でコマをそれなりにちゃんと割った漫画を頻繁に描いていたので、この時期に自分の漫画を描く技術がかなり向上…してたらいいな~。
2011年2月27日 「カテナリー」解説
不意打ちでメタルファイトベイブレード爆にはまったので、サイト「カテナリー」を開設しました。このサイトは現在まで作品等そのままで公開していますが、13年頃に描きたい話もあらかた描いてしまったので今はほぼ更新していません。サイト名は、大好きなチームダンジョンの一人、ゼオの発言「おまえはまた勝手な思い込みでおれを振り回すのか!」から採りましたが、問題なのはこの発言が公式には存在していないことです。勝手に浮かんだセリフが実際に作中で言われていると思い込んでサイト名にしました(たぶん勘違いした原因の発言は「おれはもうおまえに振り回されるのはうんざりなんだよ!」という内容のものだと思います)。これはひどい。おまえが勝手な思い込みでゼオを振り回した!ONEGERとは違ってカテナリーはれっきとした単語なので、懸垂線好きだし、まあいいかな…と思ってそのままです。
先述したように自分のHNが気に入っていなかったので、せっかく新しくサイトを作って新しいジャンルでの活動を始めるんだし、ということで、kyuriというHNを新たに名乗りました。深い意味は全くない、ただのリュウキのアナグラムです。でもこちらはとても気に入っています。響きもいいしローマ字がかっこいい!
メタベイ二次サイトではありますがオリキャラがいます。今まで夢小説を書いてきましたが、自分がキャラと恋愛をしたいわけでもない、読者に自己投影させるつもりも全くない、ただのオリキャラと原作キャラの話が描きたかっただけだと気付いたので、開き直ってオリキャラとして公開しました。
小説連載の公開開始から完結までの期間が短すぎて、(つまりそれなりのものしか書いていないという側面もありますが)kyuriさんスゲー!カッケー!と思いました。連載は短期間で終わらせたいものです。
開き直って自分の萌えを描き切ったので楽しかったし満足しています。何とオリキャラのいる二次創作で同人誌まで作りました!kyuriさん最高ー!
こうして振り返ると自分のオリジナルキャラクターを動かしていない時期がほぼないので、もともとそういう星の元に生まれたのかなあと思います。純粋な二次創作を見るのは好きですが、自分があえて描くとなるとオリジナリティのあるものになってしまうのかもしれません。
07~12年まではこのように別館などの更新を主にしていました。12年もやってるわりにはこのサイトの作品が少ないのはこれが理由です。たくさん描きたいジャンルに出会うとなぜか別サイトを作ってしまうのです。この時期に地味に「アカシアの花」や「Inocent World」を書いたりもしていました。
未だに拙い作品ではありますが、何とかギリギリ作品の体裁を保てるようになったのが11年頃(カテナリー、交流企画後期)からかな、と思っています。
2013年2月
12年10月に夢にたかしと凛果の元となるキャラクターが出てきて、どはまりしたので小嘘つきが生まれました。そこからしばらく構成を練って、サイトに公開したのが13年2月で、そこからはご覧のとおり、小嘘つきをメインにこのサイトを主に更新し(ようとし)ています。
小嘘つきが終わるまではとにかく最優先で活動するつもりです。途中で息抜きなどをすることもあるとは思いますが…。
ずいぶんと長い期間この話を描いてはいますが、創作に対する姿勢は全く変わりなく、そのとき描きたいものをキリがつくまで描く、という心構えでいたいです。
なので小嘘つきが終わったらそのときはまたそのときに描きたいものを描きます。ただ、十年戦争についてはもう予定の一つになっているので、いつかは必ず描きます。ひとまず現在は小嘘つきが終わった次に描くつもりでいます。が、そのときに別の何かしらにモーレツにはまっていたらそれを描くのだと思います。一次か二次かは分からない…。
最近はアイドルマスターSideMの紅井朱雀くんと神速一魂が好きなので、神速+オリジナルPで(ラブ)コメディ漫画が描けたらな~と何となく思っています。そうですまた二次オリです。
いつでも何かしら創作活動をしているサイトと管理人ですが、そのときどきで精一杯活動して参りますので、もしご興味があれば見て頂けると嬉しいです。がんばります!
総評としては「サイト開設しすぎ」ですね…。でも今はサイト文化は最盛期は過ぎてしまったことと思いますし、SNSがとても便利なので、これから何かしら二次をやるとしてももうサイトは作らないかもしれません??
でもサイトというものが大好きなので、ここはずっと続けるつもりですし、既に作ったサイトは作品を見られる形で残しておきたいです。
長々と振り返りましたが、ここまでご覧くださりありがとうございました。
この時期にシャーペン漫画に走らず、ONEGERを更新していたときのようにweb用の漫画でもペン入れをしていたら、もしかしたら今はペン入れに慣れていたのかもしれません。小嘘つきもペン入れをしてトーンを貼った漫画になっていたかも。
シャーペン漫画を描いているのは、それによる独特の表現を重視しているからというより、単にシャーペンが使いやすいからです。何年も使ってきた道具ですものね。おそらく筆記具の中では飛びぬけて使用時間が長いです。
つけペンをしっかり使いこなした上で「やっぱりシャーペンのほうが良い」と言うのであれば構いません。単に「慣れているかどうか」で道具を選んでいる現在は、果たして作品にとって最善なのでしょうか。それが疑問です。
しかしシャーペンで小嘘つきを描き始めてしまった現在、途中で雰囲気を変えたくはないので、自分に何か劇的な変化がない限りはおそらくこのまま続けるとは思います。