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No.54

ヴァシリーサは企画に参加して交流させようと思って作ったキャラです。他のキャラとは明らかに誕生した経緯が違います。
彼女はどこにでもよくいるような子供です。適度にわがままで意地っ張りで素直で正直、その他いろいろ。どちらかといえば見栄を張りがち背伸びしがちですが、それは凡庸の域を出ない特徴の偏り方です。
そこを思うと特に個性がありません。例えばカーティスは性癖がおかしかったり、エバンナは完璧だったり、たいてい私のキャラにはそういった極端な点があるのですが彼女にはありません。お花は好きですが、そこで抜きんでているわけではありません。

それは子供だからだろうかと考えました。子供だからまだ特筆すべき「個」が誕生していないのではないかと。
ところで、リデッカやフェリスも子供です。では彼女らは没個性であるかというと、それがそうでもありません。リデッカは馬鹿で頭が弱いところがむしろ個性。フェリスはあの箱庭への異様なこだわりようと強すぎる劣等感コンプレックスしっとが個性。

このあたりで、ヴァシリーサは企画のために作ったキャラだからか、と思いました。
リデッカにもフェリスにも元々彼女らのための物語が用意されていて、もしかしたらその中で個性が生まれたのかもしれません。しかしヴァシリーサは違います。元より彼女のための物語をえがくためではなく、キャラクター同士を交流させるために彼女は生まれました。

だからというわけではないですが、ヴァシリーサはとても子供らしいです。ある程度わがままで感情的で、行動や思考が非合理的で、変に勘が良い。彼女はこれからいくらでも、外からの影響を受けて変わることができるでしょう。彼女の前には無数の可能性があります。それが私の思う子供らしさです。
先ほど同じ子供キャラの例としてリデッカやフェリスを出しましたが、かえって彼女らはあまり子供らしくありません(と私は思います)。というのも、リデッカはその身の不足が既にステイタスとして定着しており、フェリスはその不足が明確に分かりきっているからです。足りていないことすら分からない、何も見えなくてさまよい模索するのが子供らしいと私は思っています。
ちなみにリデッカに比較するならばフェリスはまだ子供らしいです。自分は馬鹿で頭が弱い、でもそんな自分が私なの、だなんて確立させて開き直るのは大人のすることです。リデッカは仮にも子供キャラですが、まるでその特性は出ていません。

「子供」キャラが「子供らしい」こと、それが一概に良い点ではないとは思います。リデッカもフェリスもヴァシリーサも私は好きです。みんな違ってみんな良い。
ただ、ふとこのようなことを考えて感慨深くなったというだけの話です。

何とも偏った子供観を披露しましたが、共に私は子供は人間ではないと思っています。
考える頭があるのが(私の思う)人間です。では子供

(続く)
続きませんでした 2017.11.

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